『ペンツベルクの夜』

『ペンツベルクの夜』

『ペンツベルクの夜』
キルスティン・ボイエ/著 木本 栄/訳
静山社 2025年

おそろしさに震えた。だが今読むべき作品だった。

第二次世界大戦終焉間際の1945年4月28日、南ドイツバイエルン州にある小さな町、ペンツベルクでおぞましい殺戮がくりひろげられた。それは4月30日にアメリカ軍が町に到着するわずか2日前の出来事。ヒトラーもこの日4月30日に自殺をとげ、5月8日にドイツが降伏して終戦に至る直前の出来事だった。
軍隊による住民の銃処刑、さらに軍隊が去った後に「ヴェアヴォルフ(人狼部隊)」と呼ばれるゲリラ部隊による絞首刑。16人もの住民が殺されたこの惨劇が、その目撃者となった架空の少年少女3人の目を通し描かれている。事件はすべて史実に基づいているので、ノンフィクションに近い。

発端は反ナチ抵抗運動の「バイエルン自由行動」が4月27日にミュンヘンのラジオ局を占拠し、市民に蜂起を呼びかけた放送。それを聞いたペンツベルクのナチスに反対する立場の人たちは、戦争が終わってアメリカ軍がやってくると歓喜して市役所を占拠した。結果的にはこの早すぎた行動が惨劇を招いてしまう。もう少し待てば本当にアメリカ軍がやってきて戦争が終わったのに。
なぜ待てなかったか。そこにはヒトラーの下した命令「焦土作戦」があった。「敵軍が侵攻してきたら、全てを破壊して何一つ敵に明けわたしてはならない」という命令。ペンツベルクには炭鉱があった。命令に従えば炭鉱は破壊され、終戦後の暮らしが成り立たない。元市長だった反ナチのルンマーはそれを避けたかった。もうアメリカ軍はすぐ近くまで来ていることは確かだ。なら今のうちにナチスでなく自分たちで市政を動かし、アメリカ軍を迎えよう。
だが「バイエルン自由行動」は鎮圧されて、町にやってきたのはアメリカ軍ではなくドイツ軍だった。そして反逆罪でルンマーたち8人は銃殺されてしまう。
本当に恐ろしいのはその後だった。その夜にやってきた「ヴェアヴォルフ」たちは、「危険分子」とされる住民を選び出し、処刑して回った。その方法が絞首刑。ベランダ、広場の木、適当な場所でただ吊るす。楽しそうに。おぞましさに吐き気がする。吊るしたまま放置された8人の犠牲者を、翌日市民が埋葬した。その翌日ようやくアメリカ軍がやってきた。
 
戦後この事件の加害者たちは裁判にかけられたが、何度か裁判を続けるうちに、全員無罪となったという。理由は「上官からの命令に従い、義務を果たしたにすぎないから」

すべては「命令」のせい。この言葉が人々を狂わせる。自分の頭で考える事を放棄してしまう。それは戦争でなくても、平和な時代であっても、その方が楽だからついそうしてしまう。そうして気がついたら取り返しのつかない事になっている。ごく普通の人が当たり前のように集団の狂気にのまれていく恐ろしさ。自分がそうならない保証はない。

この事件はドイツでも一般的にあまり語られてこなかった。著者の周りにも知らない人がいるという。わたしもこの夏「対馬丸」や「沖縄戦」や「満蒙開拓団」のことなど、初めて知ることが多かった。まだまだ知らないことが多い。もっといろいろ知らなければと思う。まず知ることから始まるから。

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