「CHESS  THE MUSICAL」

「CHESS THE MUSICAL」

CD「CHESS THE MUSICAL」
 2025年ブロードウェイで上演されたミュージカル「CHESS」のキャストによるレコーディングCD。何度も上演されその度に「楽曲は素晴らしい、しかしストーリーが‥‥」と言われ続けたミュージカルの新演出版。ようやく納得のいくストーリー展開になったらしい。

(下の白いCDは2008年のロンドンでのコンサート・バージョンのもの)

わたしも2015年に初めて観劇した日本版の「チェス・ザ・ミュージカル」以来、このストーリーはこれでいいのか?とモヤモヤと悩み続けた。その後2008年のイギリスでの「CHESS IN CONCERT」のCDとDVDを購入して(海外版なので日本語字幕なし)鑑賞したり、2020年日本での「CHESS THE MUSICAL」を3回も鑑賞したが、どちらも今ひとつ納得できなかった。特に2020年の公演は主要3役(アナトリー、フローレンス、フレディ)に海外からの演者を招き、全編英語での公演だった。ラミンやサマンサが日本で見られる喜びと、アービターがシュガーさん(佐藤隆紀)だったし、ものすごく期待していた。でもこの公演ではアナトリーとフローレンスの恋愛が全面に押し出されていて、そこがあまり好きではなかった。これならコンサートバージョンだった2008年のイギリス版の方が好きだ。演者もラミンはアナトリーにしては色っぽすぎたし、イギリス版のジョシュ・グローバンの方がわたしの考えるアナトリーらしかった。演者もアービターを除いてイギリスのコンサート版が一番好きだ。アービターだけは2015年の田代万里生くんでお願いしたい。というわけでもう「CHESS」はコンサート・バージョンの上演だけでいいんじゃないかと思っていた。そこに2025年のブロードウェイ公演が登場した。しかもアーロン・トヴェイトが出演するって?と懲りもせずまた期待を膨らませていた。


今回のブロードウェイ公演を実際に観劇した、フレディ役のアーロン・トヴェイトファンの人のサイトで、ストーリーと楽曲の説明がされていたので読んでみた。なるほどアナトリーとフローレンスが恋に落ちる過程が、今までよりわかりやすくなっているらしい。2020年の日本での公演でも、やはり恋愛重視の演出でどうにも居心地が悪かった。だから今回はそこがまあまあ納得のいくものになっているなら、もうそれでいいのかもしれない、と諦め気分で思った。もう考えるの疲れたしなあ。

ただこのストーリーを受け入れると、わたしがずっと悩み考え抜き、最後にようやく思い至った「アナトリー“人でなし説“」が宙に浮いてしまう。これはチェスというゲームに魅入られた3人が、国家の思惑で翻弄される話だ。チェスは純粋なゲームのはずが、国家の威信をかけた戦いにすり替わっている。そこには個人の思いなど踏みにじられる非情な世界がある。それでも彼らはチェスを愛する。またフローレンスとフレディは、それぞれチェスを通じて、母親と父親への切ない渇望を抱いている。しかしアナトリーだけは他のことよりもただただチェスを純粋に愛している。彼が渇望するのはチェスに専任できる静かな環境。常に監視されるようなソ連よりも自由にチェスができる西側に亡命してみたが、結局そこでも人々の好奇の目からは逃れらず身辺の騒がしさは同じだった。どこでも同じなのなら、愛する故郷の地に戻ろう、フローレンスのために父親を彼女の元に返す条件をつけて、と思ったのではないか。そこには確かにフローレンスに対する愛情もあったはずだ。このフローレンスの父親については、今回のブロードウェイ版で初めて舞台に登場し彼女と再会したという。これまでの公演では結局彼の生死は分からないという、なんとも後味の悪い結末だったので、これは良かったなと思う。しかし以前の生死不明という残酷な展開も、個人の思いなど平気で踏みにじる大国の理不尽さを見せるという、この作品のテーマを表していたのかもしれない。見せ方が下手すぎるけど。

とにかく考えに考えてこの「アナトリー“人でなし説“」でようやく自分を納得させていた。そしてこれまで触れた公演では、やはり2008年のイギリスでのコンサート・バージョンが一番いいと思った。しつこいけどアービターだけは田代万里生くんでお願いします。初めてみたアービターが彼だったせいもあるけど、彼の「ゲームはそれ自体がプレイヤーより優先される」という台詞が頭から離れない。

今回のBWミュージカル版は楽曲の順番を変え、削った曲、追加された曲もあるという。CDを比べたら確かに曲が減っている。2008年版より全体で10曲も減っている。そして新しくスベトラーナの曲が増えた。その代わり彼女が歌っていた「SOMEONE ELSE’S STORY」がフローレンスが歌っている。あの曲の方が良かったのに。あと「EMBASSY LAMENT」がなくなっている。それなのに「MERANO」は残ってる、少し短くなってるけど。全体にテンポは2008年よりゆっくりに感じるが、曲数が少ないので全部聞いても20分近く短くなっている。最初は戸惑ったけど聞いているうちに気にならなくなった。みんな上手いので楽曲の素晴らしさを堪能できる。これからしばらくはこれを聴いて楽しもうと思う。
『アルカサルー王城ー外伝』1 巻(『リチャード三世』関連)

『アルカサルー王城ー外伝』1 巻(『リチャード三世』関連)

漫画『アルカサルー王城ー外伝』1 青池保子/著 秋田書店プリンセスコミックス 2008年
 『アルカサルー王城ー』の完結後に出た外伝。第1巻と書いてあるけど、続巻は出ていないようだ。

収録の3編のうち最初の話が、「公爵夫人の記」で、これはドン・ペドロの次女コンスタンシアの話。彼女の嫁いだ先がイングランドのランカスター公、ジョン・オブ・ゴーントなので(彼は最初の妻を亡くしていた)ここで薔薇戦争、リチャード三世に繋がってくる。

彼女は父ドン・ペドロの遺志を継ぎ故国カスティリアの王位奪回を目指すが、英国の国内情勢が複雑で、なかなかそれは叶わない。結局願った形ではなかったけれどそれなりの外交成果は挙げられたという。
それよりも英国の情勢の方が目まぐるしく、そちらを駆け足ながらも描いていて、なかなか読み応えがあった。エドワード三世の逝去、リチャード二世の即位、ワット・タイラーの乱、リチャード二世とランカスター公の不和などなど。
ランカスター公は最初の妻ブランシュを亡くし、コンスタンシアは2度目の妻だった。さらに彼には愛妾キャサリンがいて、コンスタンシアの死後彼女とも結婚する。コンスタンシアの産んだ男子は夭折したが、ブランシュの息子が後のヘンリー四世となる。そしてキャサリンの息子ジョン・ボーフォートの子孫リッチモンド伯ヘンリーが、ヘンリー7世となる。


ここら辺の系図はとてもややこしい。白水Uブックスの『リチャード三世』など薔薇戦争ものの巻末に関係系図が載っていたので、コピーして眺めながら作品を読んでいる。正直10年経ってもややこしくてまだわからない。でもいろんな作品に触れるたび、系図の中の人を特定しながら、少しずつ頭が整理されてくる。あ、この人とこの人が結婚してこの人が生まれるのか、だからここで王位継承権が得られるわけだ、とか。

しかし王位継承権の順番って何で決まるんだろう?基本は父方の系図で早く生まれた方、つまり長男から継いで行くのが順当なのか?
ヘンリー七世は母方でのみランカスターと繋がっている。ヘンリー五世の妻だったキャサリン王妃の息子が(父親はヘンリー五世ではない)マーガレット・ボーフォード(ジョン・ボーフォードの孫)と結婚して産まれたのがリッチモンド伯ヘンリー。
一方リチャード三世やエドワード四世の父親3代目ヨーク公リチャード・プランタジネットは、父方をたどれば初代ヨーク公、母方でエドワード三世の息子クラレンス公ライオネルとも繋がっている。血筋としては優位なのか?

エドワード三世の長男である黒太子エドワードの息子がリチャード二世。ランカスター公は4男、ヨーク公エドマンドは5男、クラレンス公ライオネルは3男。長男優位でリチャード二世が即位したのはまあ分かるけど、4男のランカスター公と5男のヨーク公ならそれほど差はないと思うけど、結局ランカスター公の息子ヘンリーがリチャード二世の次に即位して、それからずっとランカスター家が王位を継いでいた。
だからエドワード四世の即位はヨーク家にとって悲願の王位奪還だったろうなあ。
でもヨーク家といってもエドワード四世たちの母親シシリ・ネビルは、系図を見るとランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの娘ジョーン(3番目の妻キャサリンの子)の娘である。だからこの時点でもうヨーク家とランカスターはつながっている。とにかく系図を見ると、誰も彼も親戚なのだ。どちらが王になってもいいじゃないかと思う。こんなことで争っているのは傍迷惑でしかないと思うのですが。

ややこしいけど、調べ始めるとおもしろいので、ついつい長くなってしまった。早く『ヘンリー六世』を読んで、もう一度『リチャード三世』を読まなきゃ。
『リチャード三世』関連

『リチャード三世』関連

来月の読書会の課題書が『リチャード三世』なので、その関連のものを並べてみた。『ヘンリー6世』は図書館本。

最初に読んだ「リチャード三世』は図書館で借りた白水Uブックスの小田島雄志訳だった。

課題書は角川文庫の『新訳 リチャード三世』(河合祥一郎・訳)で、台詞のリズムや韻をなるべく原文に近づけようとしてあって、読んでて小気味よかった。

うちにあったのは松岡和子訳で、こちらはこれから読むつもり。

『時の娘』(ジョセフィン・ティ)は、ミステリー作品としてかなり前に読んだ作品で、これが1番最初に読んだ「リチャード三世」ものだった。その後もう一度読んで、今回3回目。

シェイクスピア関連書の『深読みシェイクスピア』(松岡和子)には、リチャードとアンの場面の解説があって興味深く読んだ。

『ヘンリー六世』白水Uブックス 小田島雄志・訳)は↑の河合祥一郎さんの解説で、『リチャード三世』は『ヘンリー六世』の続編で、すでにリチャードの描写がかなりある、というので読んでみたくなって図書館から借りてきた。

もともと『リチャード二世』『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』は同じ白水Uブックスで読んでいた。
なぜかというと、イギリスのテレビ映画「The HOLLOW CROWN」を見たくてその予習として読んだのだ。だって、リチャード二世がベン・ウィショー、ヘンリー四世がジェレミー・アイアンズ、ヘンリー五世がトム・ヒドルストンという、これはわたしのための映画ですか?という配役だったんだもの。おまけに見始めたら「リチャード二世」に登場するヘンリー・ボリングブルック(のちのヘンリー四世)がローリー・キニアだったので、驚愕して歓喜した。ますますわたしのための映画だった。(どう考えてもローリー・キニアが成長してジェレミー・アイアンズになるのはあり得ないのだけれど、まあそんなことはどうでもよろしい)

当時(2015年)どうしても見たくて無謀にも日本語字幕もつかない海外DVDを購入したので、当然台詞は聞き取れないし字幕は英語しか出ない。そこで少しでも理解の助けになると思って本を借りてきたのだ。少なくとも何が起こっているかぐらいは、分かるだろうと考えたのだが、うっかりしてたのは、これは舞台劇ではなくてあくまでもドラマだったこと。台詞は戯曲そのままではないし、「リチャード二世」では需要な人物が原作とは違って混乱した。

この後ちゃんと日本語字幕のついたDVDが発売されたので、もう少し待てばよかったのだけれど仕方ない。またこのシリーズのあと第2シーズンで「ヘンリー六世」と「リチャード三世」(ベネディクト・カンバーバッチ主演)も作成され劇場公開もされたけれど、そちらは未見のまま。

その第2シーズンの前にアル・パチーノの「リチャードを探して」という作品を知り、「リチャード三世」を知りたくてDVDを買った。こちらは日本語字幕がついていた。この映画を見た後に原作を読んで、あ、これがあの場面かと思ったのだ。この映画は戯曲そのものを映画にしたわけではなく、映画を作る過程を見せていて、劇自体は抜粋場面だけだった。それでもとても面白かった。できればこの配役で全編通した映画を見たかった。久しぶりに見たけどやっぱりおもしろかった。でもせっかく有名なシェイクスピア役者や学者にもインタビューしてたのに、誰が誰かわからなかったので、その説明の字幕をつけて欲しかった。何の説明書もついていない、DVD一枚入っていただけの廉価版だったからかも。ちゃんとしたDVDなら説明書もついていたのかもしれない。
「さとうきび畑」について

「さとうきび畑」について

 リリアのコンサートがきっかけで「さとうきび畑」をしみじみと聴いているこの頃、この歌を初めて聴いた時のことを思い出している。正確には「聞こえてきた」のだが。
高校1年か2年の時だったので1969年か1970年頃。当時2階の2部屋のうち6畳か8畳間を兄と弟が使い、私はその隣の4畳半を使っていた。襖で仕切られていただけだったので、隣の音はお互いによく聞こえていた。きょうだいの中で1番音楽好きだった兄がよくレコードをかけていた。ジャンルはクラシックからポピュラー、フォーク、イージーリスニング等々、いろいろだった。おかげでいろいろな音楽をちょっとずつ聞きかじることができた。特にポール・モーリアはよく聞こえてきていた。そんな兄が当時ファンだったのが森山良子で、彼女の歌も時々聞こえてきていた。そんな中で印象に残ったのが「さとうきび畑」。当時はタイトル名も知らずに、ただ襖の向こうから流れてくる歌声だけを聞いていたのだが、最初は驚いた。何度聞いても「ざわわ ざわわ ざわわ」としか聞こえないのだ。それが何回も何回も繰り返している。「ざわわ」って?もしかしたら「沢は」って言ってるのかな?と思ったが、どう聞いても「ざわわ」なのだ。意味のある歌詞もあるのだが、すぐまた「ざわわ」に戻るので、もう「ざわわ」しか頭に入ってこなかった。ちゃんと兄に聞けばよかったのだろうけど、なんとなく聞かないままにきてしまった。(当時は兄とそれほど仲良くなかったから)
その歌が「さとうきび畑」であることを知ったのは、いつの頃かはっきり覚えていない。いろんな人が歌ってるし、いつのまにかたくさんの人に知られた反戦歌の名曲になっていた。
調べてみると、1969年に森山良子の「カレッジフォークアルバムNo.2」に収録されたのが、初めてのレコード化という(Wikipediaより)。時期的にわたしが聞いていたのはこのアルバムだったらしい。兄の部屋でこのアルバムは見た記憶はないのだが、同じ年に発売された「森山良子イン・ナッシュビル」は見た記憶がある。(もしかしたらこの歌のこと知りたくて兄の部屋にこっそり入ったのかな)この間兄に会った時このことを話したら、当時のレコードはまだ持ってると言ってたので、いつかもう一度聴く機会があるかもしれない。ただこの時の歌は全部通しての収録ではないかもしれない。全部で11連あり全部通して歌うと11分にもなるので、たいていは抜粋して歌われるらしい。


そんなふうにこの歌のことを思っていたら、昨日(9/24)と今日(9/25)の東京新聞に、この歌を初めて歌った田代美代子の記事が載っていた。「私の東京物語」という全10回の連載コラムの、第5回と6回分だ。確かにWikipediaでも最初に歌ったのは彼女だと言う記述があったのだが、田代美代子というのが意外だった。彼女は和田宏とマヒナスターズと組んで「愛して愛して愛しちゃったのよ」という、歌謡曲というかお座敷ソングっぽい歌を歌っていた歌手という認識だったから。確かテレビドラマにも出ていた。でもこのコラムの初回から読むと彼女は元々石井好子に師事したシャンソン歌手だったという。「さとうきび畑」の作者寺島尚彦が石井好子の後輩で、彼女のピアノ伴奏も務めていた。その縁だからなのか、1967年5月23日に田代美代子のコンサートで、完成から間もないこの歌が歌われたという。作者は「初演の日」という一文で「この歌は田代美代子さんの唇からこの世に出ました」と書いているという。素敵な言葉だな。この歌が生まれた経緯も書いてあって、このコラムが今このタイミングで読めるのが、なんか不思議な気がする。


そしてさらに、昨夜のNHKの音楽番組「SONGS」の出演が森山良子だったのに驚いた。なんというタイミング。昨夜は見逃したのだが、もしかしたら「さとうきび畑」も歌うかもという期待でNHKプラスで見た。番組内での歌唱はなかったけれど、ゲストの森山直太朗が選んだ「マイベストRYOKO」3曲の中の一曲として「さとうきび畑」が紹介されていた。初めて歌ったのが22歳の時で、その時は「自分のような戦争も知らないでのほほんと生きてきた人間が歌っていいのかと悩んだ」そうで、それが年月を経てある時(1990年頃)母親から「あなたには歌うべき歌があるでしょう」と言われたという。それがこの歌のことだったという。

同じようなことが田代美代子のコラムでもあった。「流行歌を歌うような歌手が反戦歌を歌うなんて」という声があって、それに対して彼女は「どちらの曲も私にとって大切な曲です」と言ったという。歌を差別するような発言は看過できないと。このコラムの中で、彼女が初めて歌った時から2年後に「森山良子さんがレコーディングし、じわじわ知られるようになった」「ジャンルにとらわれず、広くメッセージを伝え続けてほしい名曲」と書いている。



初演の田代美代子、初レコード化の森山良子、その他にもちあきなおみもカバーしているという。鮫島有美子も歌っていた。だからなんとなく女性が歌う歌という印象があったけど、「リリア音楽ホールで聴く日本の歌」コンサートの男性たちの歌唱もとても素晴らしい。ラストに1人ずつ「ざわわ」「ざわわ」「ざわわ」と歌いつぎ、合唱で「この悲しみは消えない」と歌い終わる。本当にジャンルにとらわれず、たくさんの人に歌い継がれていってほしい曲だ。
「リリア音楽ホールで聴く日本の歌 SEASON2」

「リリア音楽ホールで聴く日本の歌 SEASON2」

「リリア音楽ホールで聴く日本の歌 SEASON2」
7/25 川口リリアにて鑑賞
 「〜人気実力を兼ね備えた3人の歌手による〜」 このコンサートは、2015年の第1回から、リリアの改修期間を除いてほぼ毎年開催されていて、今回が10回目となる。リリアのリニューアルに合わせてか、今回から「SEASON2」となり、メンバーも入れ替わった。以前はバリトンの加耒徹さんと坂下忠弘さん、テノールの田代万里生さんの3人だったが、今回はカウンターテナーの村松稔之さんが坂下さんと替わった。坂下さんも含めた3人のコンサートを2018年と2019年に鑑賞して、また3人に会えると楽しみにしていたので、ちょっと淋しく感じたが、カウンターテナーの声を生で聴いたことなかったので、それはそれで楽しみではあった。

期待通り素敵なコンサートだった。深く重厚な声で安定の上手さの加耒さん、全身を使った見せ方が上手く、会場を曲の世界に染め上げる万里生くん、美しい高音で圧倒される村松さん、それぞれが素晴らしかった。村松さんがトークでオタオタしてる姿も初々しく、それを上手く切り返しリードする加耒さん万里生くん。この3人が歌った「さとうきび畑」が圧巻だった。10分を超えるこの歌を生で聴けて幸せだった。

もう結構時間が経ってるので記憶が薄れてしまっているが印象に残った歌をいくつか。
「曼珠沙華」(北原白秋・作詞)まさか白秋のあの詩を歌で聴くなんて!とびっくりした。歌唱は村松さん。
「すいぞくかん」(谷川俊太郎・作詞)加耒さんが魚のように口を開けて「ぽわっ」と言うのが楽しかった。
「荒城の月」加耒さん本当に上手いなあ。
「少年時代」まるで麦わら帽子の少年の姿が目に浮かぶようだった。ちょっと涙が出そうになった。

なんかやっぱり加耒さんの歌が1番印象に残ってる。とにかく上手いもの。加耒さんが歌う井上陽水をもっと聴きたいなと思った。娘は「氷の世界」が聴きたいと言う。


3人の「さとうきび畑」がよかったので、帰宅してから以前購入したCD「リリア音楽ホールで聴く日本の歌」を久しぶりに聴いた。「さとうきび畑」が入ってる。この時は坂下さん加耒さん万里生くんの3人だった。会場での生の歌声はもちろん素晴らしかったけど、好みだろうけど、むしろこちらの方が好きかな。声のバランスがこちらの方が良い気がする。
映画鑑賞記録 8月

映画鑑賞記録 8月

⭐︎OttOにて鑑賞

8/3 「父と家族とわたしのこと」 島田陽磨/制作 監督 撮影  2026年 日本
  戦後帰還した元兵士のPTSD問題。長らく放置されてきたこの問題、その苦しみは元兵士だけでなく家族にも深刻な影響を与えた。兵士たちが抱えたトラウマは、DVや依存症という形で子や孫へと受け継がれるケースもあるという。映画は過去に虐待された過去を持ち、大人になり今度は家族に暴力を振るってしまう自分の姿に苦悩する3人を取り上げる。彼らが葛藤しながらも自分を虐待した親たちの足跡を追い、自身の生きづらさと向き合っていく姿を追っていく。見ていて本当に辛く苦しかった。少しでもこの人たちの心が安らかになってほしい。
戦争に行くということは敵を相手を殺すこと。何も考えずただただ命令に従い人を殺す人間を作り出すのが戦争。それは今の世界でも続いている。

8/10 「エレノアってグレイト。」 スカーレット・ヨハンソン/監督 2025年 アメリカ
  親友を亡くし娘と同居することになった90歳のエレノア。母親を亡くしたばかりの学生のニナ。思いがけないきっかけで知り合った2人が交流を深め、大切な人を失った悲しみを共有し、それぞれ新しい希望へ歩き出していく素敵な話だった。ホロコーストの話題はかなりきつかった。

8/22 「リターニーズ RETURNEES〜元子ども兵 それぞれの再起〜」 菊池 啓/監督・撮影・編集 2026年 日本
   アフリカのウガンダ。1980年代後半から約20年間内戦が続き、1990年代から反政府武装勢力「LRA(神の抵抗軍)」は3万人以上の子供を誘拐して兵士にしたり、その妻として強制結婚させたりした。教育も受けられず恐怖に支配され命令に従い、ただ戦ってきた彼らは、せっかくLRAから逃れてきても家族からも厄介者扱いされ、社会復帰は難しい。そんな彼らの社会復帰の支援をしている日本のNPOテラ・ルネッサンスの活動を記録した映画。
誘拐された被害者でありながら、兵士として村を襲ったり新たに子どもを誘拐して兵士にする、加害者でもある彼ら。彼らが保護され社会復帰の訓練をしているテラ・ルネッサンスの施設には誘拐した者、された者、殺戮を命じた者、命じられた者、それぞれが一緒に生活している。平気なのかなとちょっと複雑な気持ちになった。大きい意味ではみんな被害者なんだけど。ここを卒業して社会復帰を果たした人も出てくるし、これから仕事を始めようと計画している人もいる。みんな無事に社会復帰して笑顔で暮らせるようになってほしい。テラ・ルネッサンスはウガンダだけでなくコンゴでも新しく事務所を立ち上げた。この映画で初めてテラ・ルネッサンスを知ったが、本当に頭が下がる。どうか彼らの活動が実を結びますように。

8/25 「そして彼女たちは」 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ/監督 2025年 ベルギー=フランス
   ベルギーにある母子支援施設で共同生活をしている若い(本当に若い!みんなまだ10代、15歳の子も)母親たち五人の群像劇。彼女たちがどういう経緯でここで暮らしているのかという説明はないが、何か事情があってこの施設にいることはわかる。出産前の少女もいれば、一緒に暮らすはずだった恋人に逃げられた少女、生まれた子どもを養子に出す決心をしている少女、恋人と子どもと一緒に住む計画を立てているが精神的に不安定な少女、それぞれの状況が描かれ見ていて辛くなる。1人希望の職を得て赤ちゃんと共に卒業していく少女がいて、彼女の送別会の場面が楽しそうでよかった。こういう支援施設は民間なのか公立なのかわからないが、共同生活しながらスタッフが身体的精神的にサポートしていて、出産後の生活の目処が立つまで(期限はあるみたいだが、たしか1年だったか?)いられるのはいい。未成年の出産という不安定な状況に置かれた若い少女たちが、少しでも明るい未来へ進んでいけるようにと願う。


⭐︎彩の国さいたま芸術劇場 映像ホールにて鑑賞
 
 8/6 ナショナル・シアター・ライブ「インター・エイリア」
  久しぶりのNTL鑑賞。県内では見られないと諦めていたので嬉しい。
「インター・エイリア」とは「その他のことの中で」というラテン語で、法律用語という。本作では働く女性たちが日々の暮らしをどのようにやりくりしているかの象徴として用いているという。
確かに主人公のジェシカは判事の仕事をしながら、妻、母親、という家庭のことにも忙しく取り組んでいる。演じるロザムンド・パイクが序盤から出ずっぱりでとにかくひっきりなしに喋り動き回るので、見ていて疲れてきた。でもこれが彼女の毎日なんだなと体感できる。こんなの疲れるよ〜。優秀な判事なのに家庭では夫に気を遣っている姿は、欧米では男女格差が日本ほど無いと思っていたので、ここでも同じなのかと愕然とした。男性ならこういうこと(その他のこと)に気を使う必要ないのは、日本でも世界でも同じなのだ。妻の昇進に対しての態度で器の小ささを露呈した夫だが、終盤の泣き崩れる姿には世間に根強い「男はこうあるべき」という規範に縛られて古い感覚をアップデートできない哀れさも感じた。
息子の性暴力事件に直面したときは、いつもの被害者を守るべき職務よりも母親としての私情が勝りそうになる。これはきつい。どうなるかハラハラしたけれど、息子の正しい選択にほっとした。これからが母親として判事として、辛い日々がはじまるのだろうが、逃げずに進んでいくことを信じる。


⭐︎WOWOW放送で鑑賞

映画「入国審査」 アレハンドロ・ロハス ファン・セバスティアン・バスケス/監督 2023年 スペイン
  アメリカへ移民ビザで入国しようとしたカップルが、空港の別室で審査官の執拗な質問を受ける。狭い部屋での圧迫感閉塞感に、見ている間中もうずっと息苦しくてたまらなかった。何が問題なのか?審査官の「自分の判断で決まる」という脅し文句も怖いし、そんなこと聞く?というような細かい質問がネチネチと次々に出される。ダンサーだという女性に「踊ってみせろ」と言うのなんか、ただの嫌がらせとしか思えない。男性の方に何かありそうなことがわかってくるけど、本来なら話し合いで解決できそうなのに、こんな形で暴露されたらこの後どうすればいいのさ。責任取れよ審査官たち。最後は思い切りよくズバッと映像が断ち切られてびっくりした。この後は見る人の想像に任せますってこと? 審査官は規則に従ってやってるだけなんだろうけど、基本的に移民をなるべく受け入れないようにしているように見えてしまった。それは日々のニュースで見聞きする日本の入管のやり方と同じだ。だからよけいにしんどかった。


映画「決断するとき」 ティム・ミーランツ/監督 2024年 アイルランド
   クレア・キーガンの『ほんのささやかなこと』の映画化。原作も静謐で深い感動作だったけど、映画もとてもよかった。常に画面が暗く凍えそうな冷たい空気が伝わってくる。いつも何かに耐えるような顔をしているキリアン・マーフィーを見てるだけで、息が詰まりそうになってくる。貧しくとも妻と五人の娘との生活を大切にし、真面目に正直に生きている彼が、修道院の秘密を知った時の苦悩。悪名高きマンダレン洗濯所、こういう場所が1996年まで実在していたとは。修道院長役のエミリー・ワトソンとの対面では怖くて怖くてたまらなかった。見て見ぬふりをしていれば、ささやかな幸せを守り平穏な生活が送れただろうに、これからの彼と彼の家族にどんな事態が降りかかるか考えると辛い。でもずっと暗い顔だったキリアン・マーフィーが、ラストで少女に見せた笑顔に希望があると思いたい。
   

  
『シュトヘル』

『シュトヘル』

漫画『シュトヘル』全14巻 伊藤悠/著 小学館 2009年〜2017年

  『天幕のジャードゥーガル』を読んでいて、遊牧民ナイマン族のドレゲネが嫁ぐことになったメルキト族のことを、侍女から「北の森に住んでいて弓の名手(メルゲン)が多く、メルゲンの民だから“メルキト“なんだとか」と説明されていた。
その「メルゲン」で、ああ〜『シュトヘル』のハラバルだ!と興奮した。
モンゴル族に追従したツォグ族の族長の息子ハルバルは、弓の名手で「神箭弓(メルゲン)」と呼ばれていた。主人公格のユルールの兄でシュトヘルとも因縁深く最終巻まで活躍する。
物語の舞台が時期的に『天幕のジャードゥーガル』の序盤と重なるせいか、『ジャードゥーガル』がアニメ化できるなら『シュトヘル』も!という声が上がっていたっけ。

この機会に久しぶりに読み直したけど、結構忘れていて新鮮に楽しめた。悲惨な状況がたくさん続き残酷な場面も多かったけど、終わってみれば意外とハッピーエンドだったような気がする。
「メルゲン」の他にも思い起こしたのが、ヴェロニカさん。「ジャードゥーガル(魔女)」といえばファーティマたちより断然ヴェロニカさんの方が「魔女」っぽかったなあ。色っぽいし。

アニメ化はちょっと無理かなあ。作画が迫力あり残虐場面がたくさんあり、あれがカラーアニメで表現されるとちょっと目を覆いたくなる。『ジャードゥーガル』は原作があの絵柄だから良かったんじゃないか。
『コカチン 草原の姫、海原をゆく』

『コカチン 草原の姫、海原をゆく』

『コカチン 草原の姫、海原をゆく』 佐和みずえ/著 トミイマサコ/絵 静山社 2022年
  モンゴル帝国皇帝フビライ・ハンの娘コカチンが、イル・ハン国の王に嫁ぐことになり、その18ヶ月の航海を描いた冒険ファンタジー。最近『天幕のジャードゥーガル』でモンゴルに興味を持っていたので読んでみた。
まず、この物語が史実を元にしていることに驚いた。著者のあとがきで、マルコ・ポーロを調べていてこの姫のことを知ったとある。なるほど確かにWEBでマルコ・ポーロを調べると、彼女のことが載っていた。コカチンはコケジンとも呼ばれ、コケジンはWikipediaにイル・ハン国8代君主ガザン・ハンに嫁いだとあり、マルコ・ポーロが彼女の旅の付き添いで一緒に旅をしたという。こんな史実があったことに驚いた。
旅の行程でさまざまな困難にあうけれど、めげずに立ち向かうコカチン。彼女は故郷モンゴルと祖先の人々を愛し敬っている。中でも彼女が幼い頃から憧れずっと尊敬し慕っているのが、チンギス・ハンの妃のクラン。おお、この人は天幕のジャードゥーガル』で知ったメルキト族のクランだよね!コカチンによると、1番愛された妃で、チンギスのどの遠征にも加わり、たくましく戦ったという。おてんばの彼女が尊敬するはずだ。
(しかし戦ったのか?と思ったけど、モンゴルの女性は夫の遠征に従ってともに戦うこともあったらしい。Wikipediaの「モンゴルのホラムズ・シャー朝征服」の項目で、ニーシャプール攻撃時に戦死した司令官の妻が、その後の攻撃で陥落したニーシャプールの住民を、夫の復讐のため殺戮したという記述があった。この虐殺の話、『天幕のジャードゥーガル』でシタラたちがモンゴルに連行されていく途中で聞かされていた)

クランはチンギスの第2妃だったし、ホラムズ・シャー遠征軍に同行していたというので(Wikipediaより)確かに1番愛されたと言えないこともない。『ジャードゥーガル』でまるで人身御供のように嫁いだ印象だったので、まさか第2妃という地位にいるとは思わなかった。大切にされていたのかな、ならよかったな。ダイル様、よかったね。
でもこの作品中のクランは遠征中に亡くなってそこに葬られているというのは、作者の創作なのかな。『ジャードゥーガル』ではチンギス亡き後、オゴタイにレヴィレート婚で引き取られたとあるので。

どうしても『天幕のジャードゥーガル』に引きずられて、ちょっと物足りなく思ってしまったけれど、史実と創作をうまく組み合わせて楽しい物語になっていた。

作品の紹介が新聞に載っていた

https://www.asahi.com/articles/ASQ6872HGQ62PTLC01F.html
『時の娘  ロマンティック時間SF傑作選』

『時の娘  ロマンティック時間SF傑作選』

『時の娘 ロマンチック時間SF傑作選』 ジャック・フィニイ、ロバート・F・ヤング他/著 創元SF文庫 2009年
   ジョセフィン・ティの『時の娘』を読んでいた時、図書館で同じタイトルの本書を見かけ思わず「新訳が出たのか?」と興奮したけど、副タイトルで違うと分かった。でも時間SFだし著者にジャック・フィニイもいるし、借りてきてしまった。
 9編のうち、やはりフィニイの「台詞指導」とヤングの「時が新しかったころ」がおもしろかった。 
 なんかまたヤングの「たんぽぽ娘」が読みたくなって本棚から出してきた。

『たんぽぽ娘』 ロバート・F・ヤング/著 伊藤典夫/編  河出文庫 2015年
  「たんぽぽ娘」は以前読みたくて、でも市の図書館にはなくて、県内の他の図書館から取り寄せてもらい読んだことがある。その時は確か風見潤の編集のアンソロジーで、集英社コバルト文庫だったような記憶がある。河出文庫で刊行された時は嬉しくてすぐ購入した。
「たんぽぽ娘」の印象が強すぎて他の作品も読んだはずだけど、まるっきり記憶にない。今回読んだら「たんぽぽ娘」も最初ほどの感激がなくて、わたしも歳をとったせいかとしんみりしてしまった。「若さと美」の感覚に自分とのズレを感じてしまった。でも、やはりこれが作者の代表作なんだなあ。
天幕のジャードゥーガル 

天幕のジャードゥーガル 

アニメ「天幕のジャードゥーガル」が12回で終了した。予想通り原作の25幕までだった。ここが一応第1部終了っぽいから妥当だと思う。原作はまだ完結してないが、完結後にアニメの続編が作られるのではないかと期待している。エンディング曲の後に原作の26幕の内容が一部挿入され、これからの嵐の始まりを予感させて終わったので、これは絶対続編ありそう。
放送時間が遅いのでいつも録画して見ているけど、その録画の中で第6回のドレゲネの過去編、ダイル様の祈祷場面が素晴らしくてずっと録画が消せないでいる。漫画のあの場面が、カラーで動きと音が加わり、アニメでこそ表現できた美しさだった。漫画だと黒髪だったダイル様が、グレイヘアのイケおじで、声も素敵だった。声優さんには詳しくないのだけれど、石田彰さんという有名な人らしい。


『天幕のジャードゥーガル』既刊6巻
  トマトスープ/著 秋田書店 2022〜2026年
  原作の単行本は第42幕6巻まで刊行されている。連載されている漫画サイトSouffleでは、第44幕が最新話。しばらく休載してたけれど、第6巻刊行後に連載再開され楽しみに読んでいる。連載で読んでいると、最新話の掲載時に前回までの話は読めなくなってしまうので、ついつい内容を忘れてしまう。単行本になりまとめて読んでようやくわかる、ということを繰り返している。

『もっと!天幕のジャードゥーガル』
  谷川春菜 トマトスープ/著 秋田書店 2026年
  Souffléでは原作の補完として『もっと!天幕のジャードゥーガル』という、谷川春菜さんのコラムも掲載されている。それをまとめたものが6巻と同時に発売された。登場人物の紹介、各巻のあらすじ、地図、モンゴルの歴史や文化、など副読本としてとても役立つ。参考文献リストもある。さらに、メルキト族のクルトガンのその後を描いた描き下ろし漫画も掲載されている。

雑誌「ユリイカ」2026年7月号 特集「天幕のジャードゥーガルの世界」
   ちょっと専門的すぎて難しいものもあったけど、とても読み応えのある1冊。谷川春菜さんによるブックガイドも充実している。『もっと!天幕のジャードゥーガル』でも取り上げられていた参考文献が、それぞれの内容の説明文もついていて、よりわかりやすい。

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