湯たんぽ

湯たんぽ

昨夜は久しぶりに湯たんぽを用意した。夕方の足が攣ったので、足を冷やさないようにと。効果あってか足は攣らなかった。今使ってる湯たんぽはプラスチックだけど、昔は銀色の金属製だった。小さい頃は湯たんぽの次にアンカを使うようになったから、その思い出の方が強い。豆炭アンカというものだった。その後は電気アンカを使っていたから、考えてみると、湯たんぽをまた使うようになったのは、比較的最近のことだ。
そういえばネパールでは、湯たんぽがゴム製の、まんま水枕だったのに驚いた。なるほど湯たんぽなくても水枕があれば代用出来るな、とちょっと賢くなった気がした。

最後の草取り

雨の後だし曇ってるから草取りにはいい気候だと、思い切って公園との境目の草取りをした。これが今年最後の草取り、そしてできればもう最後の草取りになってほしい。この部分は自宅敷地外なのだけど、公園の柵がうちの敷石の少し外側にあるため、それが邪魔して公園側からは草取りができない作りになっている。自治会の掃除の時もこの部分だけは手付かずなので、仕方なくわたしが時々やっている。

自治会の負担を減らすため公園の一部に防草シートを敷くことになったが、この部分だけは残ってしまい、会長さんから「ここはお宅で何とかして」と言われてしまった。これまでも会長さんはいろいろ便宜を図ってくれていたので、これ以上要望は言えない。仕方ないので自分で防草シートを敷くことにした。雑草の少ない今のうちに敷いてしまおうと思い、その前に最後のつもりで草を抜いた。しかし結構根が張っていて抜くのに苦労した。土もデコボコなのでシート敷く前にもう少し平らにならさないといけない。思ったより進まない作業に、疲れから「もう嫌だ〜」と叫びたくなった。ちょっと泣きべそかきながらようやく終えた。本当はこの後花壇の草取りしたかったけど、もうこれ以上は無理だった。

昼食の後布団に転がっていたら、急に足が攣ってきた。攣る時はたいていふくらはぎなのだけど、今回は足首で娘にマッサージしてもらい何とかおさまったけど、すごく痛かった。ずっとしゃがんで足を折り曲げて作業していたからか。腰も痛いし花壇の草取りはまた今度。もしかしたら来年になるかもしれない。
年賀状

年賀状

今日は年賀状を書く日。午前中から取り掛かり午後2時には書き終えた。娘も一緒に二人で黙々と書いていた。今年は19枚、来年はもっと減るかな。7枚は先に書いてあったので、宛先だけでよかった。墨をするのが面倒なので墨汁を使ったけど、青墨の墨汁は少しサラッとしすぎていて、やっぱりきちんとすった墨で書いた方が味がある。来年は面倒がらずにやろう。

娘の分と合わせて郵便局へ出しに行った。雨なので明日でもよかったけど、書き終えたらさっさと出したかった。郵便局では入り口のスペースに年賀状用のポストが置いてあり、そこに入れる。以前は官製用と私製葉書用と分かれていて、もっと前は宛先別にもなっていたけど、今はポストが一つあるだけ。それだけ年賀状が減ったんだろう。郵便料金の値上がりもあって、さらに減ったみたい。
わたしはどうしようかな。20枚程度ならそれほど負担ではないし、もらう楽しみもあるので、まだしばらくは続けようと思う。

今日はクリスマスイブ。郵便局から帰り、早めの夕食(シチュー、サラダ、バタール、ノンアルのワイン)と、少し時間を置いてケーキと果物。昔のようなご馳走は胃がもたれるので、これくらいでちょうどいい。

またやった

今朝アラーム鳴ったので止めて起きた…はずだった。なのにしばらくして時計を確認したら、アラームまでまだ1時間あった。当然アラームも止めてない。え?じゃあれは夢だったの?
なんか前にも一度やらかした気がする。
眠いけど昨夜はいつもより遅く寝たのでそのせいだと思っていた。あと1時間眠ろうとしたけど、ちょうどアップデートしたiPadの設定をいじっていたら目が冴えてしまった。でも少しでも眠ろうとちょっと目をつぶってしばらくしたら、本物のアラームが鳴った。起きてノロノロと朝仕事を終えた。寝不足の時は動きがにぶく家事が捗らないので、少し横になってから続きをやろう。今夜は早く寝なくっちゃ。
全日本選手権終了

全日本選手権終了

以前はFODで配信見ていたこともあるけど、もうそこまでして見る気力体力もないので、基本はリザルトページを追いかけ、放送はBSと地上波を流して見られるだけ見る方針。そのうちYoutubeで見られる演技もあるので。ペアとアイスダンスは見られず男女シングルは全部ではないけど見られた。
ペアのりくりゅう組がフリー棄権になったけど、これはいい判断。怪我はしっかりと治してほしい。それでも実績から五輪、世戦は確実なんだから。そして怪我を心配していたゆなすみはいい演技が出来たようで、きちんと状態を見極めての出場判断なのだろうから、それはもうよかったと言うしかない。でも本当にみんな無理しないで下さい。

昨日の女子フリーは頑張ってほとんど見た。三原選手樋口選手には涙とスタオベ、坂本選手には祈りと歓声を上げた。
わたしにとって1番印象的だったのは青木選手。SPFSとも素晴らしかった!四大陸派遣おめでとう!

会心の出来だった選手も、残念だった選手もみんなみんな、素晴らしい演技をありがとうございました。
全日本選手権

全日本選手権

いよいよ今日からフィギュアスケート全日本選手権が始まる。
今シーズンでの引退表明している選手にとっては最後の全日本。そして今年も大庭雅選手の姿があるのが嬉しい。これからも出来るだけ長く出場していてください。どの選手も悔いのない演技ができますように、全員応援してます。
昨日は気になるニュースがあった。ペアのゆなすみ組、長岡柚奈選手が膝を強打したという。大丈夫かな、無理しないでほしい。ここで無理して今後に響くようなら、思い切って棄権してもいいと思う。

抽選会に赤いスーツで現れた大島光翔選手。さすがはスタァ❤️こういう選手がいると華やかで楽しい。佐々木彰生選手を思い出す。

りゅうほんじさん

昨日の朝ドラ「ばけばけ」で水飴を買う女の幽霊の話が出て来たけど、たまたま検索してたら懐かしい寺の名前が出てきた。
この怪談はドラマの舞台松江だけでなく、全国的にある話らしい。その中の一つとして京都西陣の立本寺にもある、と知ってびっくりしたのだ。

わたしは子どものころ京都市上京区に住んでいて、その近所にあったのが立本寺だった。お寺の境内の中に公園があり、砂場もあって子どもたちの遊び場所だった。その公園は夏休みにはラジオ体操の会場にもなっていた。小学校の行き帰りの通り道にあり、正門ではなく脇のお墓の側を通って通学していた。大きな木や石によじ登って遊んだり、お寺というより楽しい遊び場の「りゅうほんじさん」だった。そんな怪談があったなんて知らなかった。

「りゅうほんじさん」と呼んでいた寺が「立本寺」と書くことを知ったのはいつ頃だったろう。あの砂場で遊んでいて、夕方祖母が迎えに来てくれたこともあったなあ。おばあちゃんっ子だったわたしは、祖母と並んで帰ることが楽しかった。
『バルバラ異界』全4巻

『バルバラ異界』全4巻

『バルバラ異界』全4巻
萩尾望都/著 小学館フラワーズコミックス 2003年〜2005年

「月刊フラワーズ」2002年9月号から2005年8月号までの連載中ずっと読んでいた。(当時は田村由美『7SEEDS』も連載中だった)

もう20年も前だったのかと驚く。なぜまた引っ張り出してきたかというと、娘が映画「鯨が消えた入り江」を見てきて、「銀の三角…いや、バルバラ異界だ〜!」と騒ぐので、「は?」となったから。わたしは「鯨〜」は見てないので何のこっちゃ?なのだが、それであらためて懐かしくなって読んでみた。

萩尾望都、わかっていたけどやっぱりこの人すごいなあ。第1話と第2話のギャップに、当時もうわあとなったっけ。完結した時はそのストーリー展開のダイナミックさに感心したものだった。
それが今読むと、ストーリーよりもキリヤへの愛おしさが何よりもまさって、切なくて涙が出た。人好きはするけれど親として未熟な父親と、明らかにメンタル病んでる母親。このどこにも居場所のなさを抱えた孤独な子どもを、どうすれば癒してやれるのだろう。ようやく時夫との絆がぎこちないながらも結ばれてきた時に、あの23話のラスト。くるりと周った世界はもう戻らない。その喪失感に打ちのめされる。

青羽の言葉「未来はまだやって来ていないので、何度でもやり直せる。でも過去はもう確定してしまったので、変えられない」

そして「夢」という形で変えても、反転した世界ではあのキリヤとの時間はかえらない。

だが青羽の言葉に未来への希望も感じた。そうなのだ。過去の過ちはもう取り戻せないが、未来はある。これからの世界を誤りのないようにしていくことは出来る。わたしたちには未来への責任があるのだ。

「キリヤ 青羽 子どもたち 未来はきみらを愛しているか?」

ラストページのこの言葉を肝に銘じよう。すべての子どもが愛される世界にしていくことが、わたしたちの使命なのだ。
『あの人と、あのとき、食べた。』

『あの人と、あのとき、食べた。』

『あの人と、あのとき、食べた。』
椹野道流/著 二見書房 2025年

著者の作品をラノベで読んでいたのはもう25年くらい前だけど、コロナ禍の頃SNSとwebのエッセイを知り、特にエッセイはコロナに感染して寝込んでいた頃楽しみに読んでいた。

この本の内容も、ちょくちょくエッセイで読んでいたのと重複するところもある。でもそれを「誰かと何かを食べる」という括りでまとめると、訴えかける思いがさらに強くなる気がする。「食」にまつわる思い出は、それだけ人に懐かしさを与えるようだ。読んでいて色々思い出してきた。

著者は関西在住なので、わたしにとって懐かしい言葉が出てくる。
「かしわ」
鶏肉のことをこう呼ぶ。鶏肉は「かしわ屋」で買い、普通の肉屋では売ってなかった。そういえば豚肉ってあまり食卓に上がらなかったな。肉といえば牛肉だったから。
「煮る」を「炊く」と言う。
あー懐かしい。「〇〇を煮たもの」を「〇〇の炊いたん」と言ってたなあ。

デパートの大食堂やクリームソーダの思い出など、子ども時代の思い出には共通点がある。

我が家は商売をやっていたので食事の支度は祖母が受け持っていた。だからわたしのいわゆる「おふくろの味」はそのまま祖母の味である。
手際よくのり巻きを巻いていく祖母の手先を、わくわくしながら見ていた思い出。のり巻きを切った時の端っこをもらうのが楽しみだった。
魚料理はいつも鯖の煮付け。当日よりも翌日の煮凝りが美味しかった。
油揚げにひき肉、にんじん、椎茸、シラタキを詰めてかんぴょうで口を縛り、その形から巾着と呼んでいた料理は、わたしの1番の好物で、これも翌日のほうが味が沁みて美味しかった。祖母が具材を詰める時は、見るだけでなく手伝いも喜んでしていた。わたしが最初に料理らしい料理をしたのは、この巾着が初めてだった。具材を混ぜるのを忘れてそれぞれの具材ごとに固まってしまい、食べる時に家族に笑われたけど。

著者のエッセイでは、家を建てる話を楽しみに待っているのだが、こちらのほうが先に出てしまった。これはこれで楽しく読めた。
『かみなりせんにょ と いなづませんにょ』

『かみなりせんにょ と いなづませんにょ』

『かみなりせんにょといなづませんにょ』
ハン・ガン/ぶん チン・チラム/え さいとう まりこ/やく  小峰書店 2025年

ハン・ガンの絵本というので読んでみた。
決められた髪型と衣装にきゅうくつさを感じる二人のチビ仙女。それぞれに似合った髪型に変え、動きやすい衣装を着て生き生きする姿が可愛い。やんちゃな子どもをただ叱らず、ふさわしい仕事を与えてくれるおばあちゃん仙女がいい。絵も可愛い。
原作の出版が2007年なので、日本での刊行はハン・ガンのノーベル文学賞受賞がきっかけなのだろう。

ハン・ガンの作品はまだ『すべての、白いものたちの』しか読んでないけど、いつか必ず気合い入れてから読みたいと思っている。

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