『もしも君の町がガザだったら』

『もしも君の町がガザだったら』

『もしも君の町がガザだったら』
高橋真樹/著 2025年 ポプラ社

約30年に渡ってパレスチナに関わってきたノンフィクションライターの著者が、パレスチナ問題を小学生から読めるようにわかりやすく解説した本。

パレスチナについてはいくつかの本を読んでいて、いくらか知識はあるつもりだった。しかしこの本は子ども向けながら、伝えるべきことをきちんと正確にわかりやすく書いてあり、とても優れた入門書だった。知っていたはずのことでも、時間がたつと恥ずかしいことに忘れていることも多い。そんな抜け落ちた部分を再認識させてもらえた。折にふれ読み直していきたいし、人にも勧めていきたい本。

以前『ガザとは何か』等を貸した友人から「難しくて最後まで読めなかった」「これ片方からの見方ってことはない?」と言われてショックを受けた。きちんと説明出来なかった自分が情けなかった。自分でもよく理解できていないことを恥じた。

この本の著者も「パレスチナ寄りの方の話はわかりました。今度はイスラエル寄りの方の話を聞いてみたいです」と言われたことがあるそうだ。

著者は言う。
「パレスチナ寄り」「イスラエル寄り」と分けて考えているかぎり、大事なことは理解できない。

そして、南アフリカ共和国のアパルトヘイトを例に出して説明している。あの時代に「アパルトヘイト反対」と言っても「黒人寄り」と批判されることはなかった。ポイントは人種差別への反対であり、黒人の味方か白人の味方かという立場は存在しない。このアパルトヘイトの話ならだれにでもわかるのに、パレスチナ問題になると偏見のフィルターがかかってしまう。「イスラエルVSパレスチナ」という作られた構図にとらわれているからだ、と言う。

そうこれは作られた構図なのだ。このことは第4章の「誤解だらのパレスチナ問題」を読むとよくわかる。「いったい何と何が争っているのか?」ここをしっかり押さえておかないとパレスチナ問題を正確には理解できない。

ぜひ多くの人にこの本を読んでもらいたい。日本のメディアの放送だけで判断すると、作られた構図に目を奪われ本質を見逃してしまう。わたしもまだまだ知らないこと理解できないことが多い。もっともっと勉強していかなければと思っている。
液体窒素

液体窒素

先週は定期的な受診が三件あり、(眼科、内科、整形外科)その合間をぬって映画館に行ったり、今週の読書会の準備をしていて忙しかった。

内科ではいつものアレルギーの薬を処方してもらうだけのつもりだったけど、1ヶ月以上前から気になっていた爪の怪我を診てもらった。右手の人差し指をドアにぶつけた拍子に爪の端っこ1/4(縦方向)が凹んでしまい、痛みもないのでそのうち爪が伸びたら治るだろうとほっておいた。ところがいつまでたっても凹んだままの状態で伸びてきてしまい、爪の付け根に妙なコブが出来てきた。甘皮かと思ったけど、甘皮よりぶ厚く爪のようには硬くない。新しい爪がその下から生えてきているので、凹んだ状態のまま爪が伸びている。このままだと永遠に爪が凹んだままなのか?この肉厚の皮のようなものは、ほっておいたらいずれ取れるのか?心配になってきた。凹んだ部分と正常な部分に段差があるので、手を使うときそこに引っかかってさらに割れ目が出来たりして、いろいろと都合が悪くなっていた。そこで医師に相談してみようと思ったのだ。

先生には「肉芽が出来てるので、これが取れない限り正常な爪は生えてこない。ほっといても取れるだろうけど、けっこう時間たってるから自然には無理かもしれない」と言われた。液体窒素で焼き切るか、もう少し様子みるか、と言われてとりあえず様子見ることにした。

1週間たって肉芽は取れそうもなく、爪の上部が剥がれかかって状態が悪化していたので、結局焼き切ってもらうことになった。3回くらいで取れるかなということで、今日は1回目。1回の処置で3度液体窒素を患部に当てる。1度め2度目は痛みはなかったけど、3度目が飛び上がるほど痛かった。2回目の処置には中5日空けないとならないとのこと。そして月に4回までしか処置できないという。液体窒素を使った処置は初めてだったけど、イボを取ったりする普通の方法らしい。長く生きてるといろんな経験をするものだなあ。

庭の水仙が咲きはじめた。相変わらず背が低いけど、いつも咲いてからもう少し丈が伸びてくる。
散歩

散歩

このところ風が強くて散歩に出られなかった。今日は風もおさまったので、ようやく出かけられ、川向こうの公園に行ってみた。

2週間前にはまだ咲きはじめたばかりだった河津桜。今日は満開だった。公園の花壇にはパンジー、水仙、菜の花、足元にはオオイヌノフグリやホトケノザも咲いていた。川沿いのソメイヨシノの根元にはライトアップ用のライトも設置されていた。今年の見頃はいつ頃かな。ロウバイはもう終わっていたけど、モモが咲いていたり、爛漫の季節がもうすぐやってくる。

川にはダイサギ、カルガモ、オオバン、コガモがいて、河津桜にメジロとヒヨドリが来ていて、開花前のソメイヨシノの枝でシジュウカラが鳴いていた。
映画「ベ・ラ・ミ 気になるあなた」

映画「ベ・ラ・ミ 気になるあなた」

映画「ベ・ラ・ミ 気になるあなた」
ゲン・ジュン/監督・脚本 2024年 フランス、ポルトガル

3/6 OttOにて鑑賞

はじめはまったく見る気はなかった。予告編でも冴えないおっさんが変な会話してるし、なんだこりゃ?と思っていた。それが映画館で何回も予告編を見てるうちに、そのおっさんがだんだん可愛く見えてきて、なんだか気になって気になって仕方なくなってきた。もう見るしかない。

中国黒竜江省のある町。若い男に別れを言い渡される中年男シュー・ガン。妻がいるが自分の気持ちに正直になろうと、初めてゲイコミュニティに接触するジャン・ジーヨン。

この2人の話が中心だけど、他に人工授精で子どもを持とうとするレズビアンカップルも登場する。その精子提供者の男性とその恋人の男性。主役2人に付きまとうレストランの店主等々。これらの人々が、みんなどこかちょっと変で、予想もつかない行動をするので、これはどういうことかと首をかしげたり、苦笑やら爆笑やらで忙しい。とてもおもしろかったんだけど、どう説明すればいいのかさっぱりわからない。

突然「インターナショナル」をアカペラでフルコーラス歌い出すおっさん。(今どき「インターナショナル」聞かされるなんて思わなかった)
サウナで太鼓腹叩いて、この曲名を当てろ、と変なクイズを出すおっさん。
突然飛んでくるUFO。おもちゃかと思ったら、本物だった。

というように、わけのわからないエピソードの連続なんだけど、でも結局はシュー・ガンとジャン・ジーヨン2人のラブストーリーだったんだなあと思う。(レズビアンカップルの方もなかなか興味深い展開だったけど)
予告編から可愛いかった冴えないおっさんのジャン・ジーヨンが、予告編以上に可愛くてたまらなかった。初心でもの慣れない恋する乙女。でも自分の尊厳はしっかり守る気概もある。シュー・ガンもそこに惚れた。
おっさんだろうと人を恋する気持ちは真剣で美しい。同性だろうと異性だろうと若かろうと年取っていようと。
なかなか出会わず、出会ってからも行き違いがあったりして、終盤でようやく恋人同士になれた2人の寄り添う姿に、ああ、よかったなあ、幸せになってねと、温かい気持ちになる。
「シュー・ガン、絶望するな」
「ジャン・ジーヨン、絶望するな」
「俺がいる」
この会話がいい。ちょっと涙出そうになった。


チラシによると「かの国では上映不可能な“タブー”に軽やかに挑んだ、オフビートで異色のラブストーリー」らしい。なるほど。
『木挽き町のあだ討ち』

『木挽き町のあだ討ち』

『木挽き町のあだ討ち』
永井紗耶子/著 新潮文庫 2025年

2023年上半期の第169回直木賞受賞作品。興味はあったのでいつか読もうと思っていた作品。ちょうど映画が公開され感想もぼちぼち上がってきている今、あまり映画に引きずられないうちにと、電子書籍を購入して読んだ。とても心地よい作品で、一気に最後まで読んだ。

2年前の雪の夜、芝居小屋の側で衆人の見守る中果たされた仇討ち。その顛末を知るために、1人の侍が芝居小屋の関係者を訪れた。侍は仇討ちを果たした菊之助の縁者で、関係者からそれぞれ話を聞いていく。

各章ごとに語り手が変わり、最初は通りいっぺんの仇討ちの話が、関係者自身の来し方を語る部分になると俄然おもしろくなる。芝居小屋へと流れて来たそれぞれの人生が、ひとつの物語として読み応えがあった。それは菊之助がこの場所で得た思いと決意を、侍と読者が追体験して知ることになる。
芝居とそれを支える裏方の説明が、それぞれの章で語られるのもよかった。木戸芸者、殺陣師、女形で衣装係、小道具係、戯作者、芝居はこれら裏方が揃ってこそ成り立つ。
第四幕(章ではなく幕となってるのも芝居らしい)で、ああ、そうかとだいたいのカラクリが見えてきた。そこから終幕まで一気に駆け抜けて、芝居のように大団円で終わるのが気持ち良かった。

印象に残ったこと。第三幕女形の二代目吉澤ほたるが、初代ほたるの言葉「世間ってのは、階段みたいになっていて、上の連中は下の連中を見下ろしている」を引いて、その階段の最上層にいる菊之助たち武家の、武家である故の枷に囚われる苦しみを思いやるところ。それは最下層とされる芝居関係者の自分たちも同じ、人間は等しいのだと気づく。人から見下ろされる彼らの方が、優しさと理を知っている。
映画「ふたりのまま」

映画「ふたりのまま」

映画「ふたりのまま」
長村さと子/監督・撮影・編集  2025年

2/24 OttOにて鑑賞

最初に「映画に出演している4組の同性カップルは、公にはカミングアウトしていないので、身元特定出来るような情報は鑑賞後SNSなどにアップしないように」というような注意書きがテロップで出た。
ああそうか、監督がSNSで「この映画は配信も円盤化もないので、映画館でしか見られない」と言っていたのは、こういう理由からだったのかと思った。今のこの社会でのマイノリティの人たちの、生きにくさの現実を突きつけられた気がした。

チラシにあるように、日本にも子どもを育てている同性カップルはたくさん存在するが、大多数は差別や偏見を懸念し、関係性を隠して暮らしているという。そういう見えない存在になっている4組の同性カップルの日常を、自身も同性パートナーがいて、一児の母となり子育て中の監督が、友人関係にある出演者たちを撮った作品。

見て良かった。自分の中にある偏見に気づかされた。わたしは自分では同性婚に理解ある気でいたけど、そんな思いあがった気持ちに強烈なパンチをくらわされた。

わたしは同性婚を選んだ人たちは、その時点で子どもを持たない選択をしていると思い込んでいた。だってどうしたって2人の間に子どもは生まれないのだから。子どもを持ちたいのなら養子を取ればいいだけだとも思っていた。それは異性婚でも同じで、子どもがいてもいなくても幸せな家庭は作れるはず、家族の形はそれぞれあっていいはずだから、と偉そうに思っていたのだ。
あるカップルの1人の言葉「自然に持てないものを欲しがる人は、あまり好かれない」を聞いた時、あ、これはわたしだ、と気づかされ動揺した。無意識のうちに思っていたのだ。自然に持てないものを欲しがるーそんなのわがままじゃないかと。つまり異性婚で子どもがいるのが自然な形で、それ以外は正常ルートからはずれているので、人並みに子どもを持ちたいなんて思うこと自体間違っている、と。世間が強制する模範的な家族観が、わたしにも刷り込まれていたのだ。反省した。

人は1人1人違っていい。結婚してもしなくても、子どもを望んでも望まなくても、他からの強制でなく自分の意志で決めればいい。そしてその個人の選択を、皆が認めあい尊重しあって生きていける社会であればいい。そんな社会はまだまだ実現していないけど、少しずつでも進んでいってほしいと思う。そんなことを考えさせられた映画だった。
寒緋桜

寒緋桜

今日も風強かった。予報では昨日ほどではないと言っていたけど、同じくらいかむしろ朝は昨日以上に強かった。昨日行くつもりだったリハビリを今日に延期していたのに、結局風の中行くことになった。
駅前でこないだから咲いていた寒緋桜が満開だった。昨年より1ヶ月近く早いそうだ。花が下向きに咲いているので、桜といっても見慣れたソメイヨシノなどとはだいぶ雰囲気が違う。もっと早くから咲いていた近くの河津桜は、そろそろ葉の方が目立っていた。河川敷公園に咲いてる河津桜はそろそろ見頃のはずなので、近いうちに見に行きたい。
アフタートーク

アフタートーク

2/20 OttOにて開催された「手に魂を込め、歩いてみれば」上映後のアフタートークに参加した。映画自体は以前見ていたので、当日はアフタートークだけ参加して、ジャパンプレス所属のジャーナリスト、藤原亮司さんの話を聞いた。
藤原さんは1998年からパレスチナを取材していて『ガザの空の下 それでも明日は来るし人は生きる』という著作もある。この著作も置いてあったけど、発行が約10年前で、現在加筆作業中と言ってらしたので、どうせなら加筆された方を購入しようと思いこの時は購入しなかった。
カフェでの講演ということで時間が約1時間しかなく、本来なら3時間くらい?の講演用に用意していたスライド写真を使って、ダイジェスト的に話して下さった。
けっして流暢ではなく話題もあちこち飛んで、理路整然とした話し方ではなかったが、やはり現場で取材してきた方の熱のこもった生の声は、心に響いた。

印象に残ったことをいくつか。

「ガザを実効支配するハマス」ニュースのたびに聞くこの言葉にいつも違和感を持っていたが、藤原さんも指摘していた。2006年のパレスチナの総選挙で勝利したのは、このハマスなのに、イスラエルやアメリカがハマスをテロ組織とみなして政府として認めていないだけ。

ガザの中の人たちは、イスラエルの内通者に疑心暗鬼になり、本音を言えるのは外部の人の方とのこと。藤原さんはガザの人との通信はメールもすぐ削除するし、電話も長くは話さないという。だから映画「手に魂を込め、歩いてみれば」で、監督とファトマがあんなに長く話しているのに驚いたそうだ。

写真を撮っていた時知り合った少女に、うっかり「大人になったら何になりたい?」と聞いてしまい、「毎朝起きた時、今日も生きていたって思うので、大人になることが想像できない」と答えられ、後悔した。

映画「ネタニヤフ調書」については、わたしの感想と同じで、パレスチナのことを何にも考えていない酷い映画だった。

イスラエルで比較的リベラルな考えの人も、自分が今暮らしている土地が、かつてパレスチナの人を追い出して得たものということを知らないでいる。若い世代ほど何も知らない。

このことは昨年の映画「壁の外側と内側」でもふれられていた。イスラエル国内ではパレスチナについての報道は何もされない。知りたければ自分で調べればいいと思うだろうが、そもそも疑問に思わなければ自分から調べてようとはしない。たしかに。政府発表だけ聞いて納得していたら、わざわざ調べようとはしないだろう。戦時中に政府発表だけ聞いて、何も疑問に思わなかった日本国民も同じだった。

イスラエルはそうやって国民を無知のままにしておく。そしてパレスチナに対しては、学校も病院も仕事も住居も奪い、外部からの支援物資に頼るしか生きるすべがない状態に追い込んでいる。人としての尊厳を奪っている。

もっともっと話を聞きたかったが、時間がきてしまった。最後にガザに住む藤原さんの知り合いに送るというので、少額だが寄付をしてきた。
後日、他の会場での分も合わせての寄付の総額と送金の報告が、藤原さんのSNSで上がっていた。
今月の絵手紙

今月の絵手紙

お題が魚だったので、朝スーパーで塩鮭を買ってきた。切り身より絵になりそうな頭のついた鯵の開きにしようかとも思ったけど、後で食べることを考えて鮭にした。
メンバーも鮭を持ってきた人が多かった。中にはタコやイカや自家製のニジマスの燻製を持ってきた人もいて、いつになく珍しい画材が集まった。
切り身の表と裏、両方描いたのでおもしろいものが出来た。最初そんな変わったもの?と思ったけど、なるほど何でも画材になるのだなあ。

役目を終えた鮭は、夕食に美味しくいただきました。
3月

3月

あっという間に2月が過ぎてもう3月。
今日は昨日のように風が強くないので、気になっていた花壇の草取りをした。ほっとくとすぐ雑草だらけになるし、予報ではまた寒い日が来るというので今のうちにと頑張った。最近花粉のせいか体調イマイチだったけど、ついでに公園の草も少し取った。

毎日のニュースで気が滅入っていたので、体を動かすのはいい気分転換になった。

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『もしも君の町がガザだったら』(03.19)
液体窒素(03.18)
散歩(03.09)
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『木挽き町のあだ討ち』(03.07)
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今月の絵手紙(03.02)
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