朝8時ベランダに出てみたら氷柱が出来ていた。ちょうど朝日が当たる屋根の雪が溶けてきたのか。まだ屋根も雪が残ってて真っ白、ベランダの手すりは溶けた雪が凍っていた。
1階のリビングと和室のシャッターはサッシに凍りついていて、少し開けにくかった。。昨日閉める時にシャッター側もサッシ側も水滴を拭き取っておいたから、この間のように開けられないほどではなかった。
まだまだ雪が残っているから、洗濯物は干せないかなあ。
映画「手に魂を込め、歩いてみれば」
2/6に見た直後一気に書いたけど、書ききれなかったことを、もう少し。
ファトマと監督の通信は、基本それぞれの自宅からのだけど、時にはそれぞれ違う場所からのことがある。そしてその事情は大きく違う。監督の場合は仕事の都合なのだろう、自宅のフランスの他にカナダやイタリアからの通信があった。ファトマはわざわざWi-Fi環境の良い友人宅へ赴いたり、自宅からやむなく避難させられたシェルターからだったりした。場所が変わることが、国を跨ぎ行きたい場所へ行ける監督の自由さと、そうせざるを得ないファトマの不自由な環境の差を表していて、たまらない気持ちになった。でもそんな時ファトマは本当に無邪気に「わあ羨ましい!私もいつか行きたい」と笑顔で言う。ああ、この彼女の笑顔がいつか本当に外の世界で見られる日が来てほしかった。
写真を撮る為外出する際にはビルの上にスナイパーが居ないか確認する、という言葉にはぞっとした。ビルの上で通話している最中に、近所で爆撃があり彼女の居るそのビルも揺れている。爆撃があった時はビルの上か下かどちらに行くのか、という質問には「下に行く」と答える。向こうに爆撃されたビルが煙を上げているのが見える。今まさに爆撃の最中なのだということが、ひしひしと感じられる。
こんな状況下ではいつ彼女の身に何が起こるかわからない。だから監督がファトマと通話するたび、呼び出し音が何回か聞こえファトマの笑顔が現れると、ホッとしていたけど、それは当然のことだ。今日も彼女の無事を確認できたのだから。スマホ越しに話すファトマの映像をずっと見ているので、わたしたちも監督と同じ気持ちになる。どうぞ無事でいてと祈る。
ネットがつながり現れる彼女はいつも笑顔だ。でも時間がたつにつれ、厳しい表情疲れた表情も見せるようになる。それでも少しだけど笑顔は見せてくれる。監督がいつもヒジャブをつけている彼女に「あなたの髪が見たい」と言うと、「これは録画しているからだめ」と言う。たしか宗教上の決まりで、女性の髪は親しい人にしか見せられないのだったか。でもその後の映像で、どうもヒジャブを付け直す様子があったので、撮影してない時に監督にだけ見せたのだと思う。ファトマが監督に心を許しているのがわかってよかった。
監督が、何がしたいか希望を聞いた時「外に出たい!いろんなところに行きたい!」と世界中に向けて宣言するように大きな声で叫んだファトマ。街をどんどん歩いて行く、でもそこには壁がある、と言う言葉に、ガザを取り巻く壁の存在があらためて意識された。そうなのだ、ガザはイスラエルによって周囲を壁やフェンスで囲まれ、人や物資の移動が制限され「天井のない牢獄」と呼ばれている。これが国際社会で許されていることが納得できない。昨年見た映画「壁の外側と内側」でヨルダン川西岸地区にも、壁が存在することを知って驚いた。
モールス信号の話が出た時監督が「刑務所にいた時覚えた。収容者同士で話をするために」と言った時は驚いた。いつのことだろう、と思ったら、パンフレットに16歳で投獄され18歳で故郷イランを離れた、とある。監督の経歴もなかなかだ。監督がファトマに母国イランのことを「かつてイランには国王がいて、国王を倒したら良くなると思っていたら、そうはならなかった。どんどん悪くなった。もう45年もたつのに」と話していた。パーレビ国王の国外追放ってもう45年も前なのか、とそれにびっくりした。13歳から反体制活動をしていたという監督は、宗教にも少し距離を置いているようだ。
ファトマが「この世の出来事には全て意味がある。アラーが言っている」と言った時「それには賛成できない」とさらっと言っていた。その宗教感の違いに、お互い深く干渉していない様子も好ましかった。
最後の通信で、カンヌ映画祭出品の話に歓声を上げていたファトマ。「パスポート送ってくれた?」と監督が聞いていた。彼女がカンヌに行くのは、実際には無理だとしても手続きしようとしていたのだろう。でもファトマは「必ずガザに帰ること」を条件にしていた。ここが自分の生まれた場所で自分のいるべき所だという、強い思いがあったのだろう。
その翌日イスラエルのミサイルが彼女の家を爆撃し、彼女と彼女の家族は亡くなった。殺された。
2025年5月2日に確認されたガザ地区のジャーナリストの殺害は211人、このうち28人が女性ジャーナリスト。ガザには外部のジャーナリストは入れない。ガザで起きていることを知るには、ガザにいるジャーナリストたちだけが頼りだ。それを知っているのだろう、イスラエルはジャーナリストを標的にしているという。これ以降もジャーナリストの殺害は続いている。自分たちに都合の悪い報道をするジャーナリストは、容赦なく排除しようとしている。ファトマもその犠牲になった。
なぜこんな非人道的な行いが見過ごされているのか。ガザだけでない。ヨルダン川西岸地区も同じだ。世界はいつまでこんな非道を許しているのか。どうすればこの虐殺は終わるのか。監督の言葉「アメリカがイスラエルを支持しなくなったら…」もうそれしかないのかもしれない。どんなに小さな希望でも、希望を捨てたら終わりだ。せめてその希望を持ち続けていきたい。
予報通り昨日の夜にみぞれ、そのうち雪になって朝起きたら結構積もっていた。でも予報だと朝のうちに雪はいったんやむって言ってたのに、まだ降ってる…。道路の雪は意外に積もらず溶けているけど、庭の方は真っ白。シャッターが開けられない。雪がやんだらウッドデッキ上だけは除雪しようと思っているのに、まだやまないなあ。
『シートン動物記 傑作選』
シートン/著 越前敏弥/訳 2025年 角川文庫
今月の読書会の課題書。
「子どもたちだけに読ませておくのはもったいない」という訳者の思いから生み出された作品。既存の多くの翻訳のように子ども向けにアレンジせず、原文をそのまま翻訳してあるという。
あらためて考えると、わたしが子どもの頃読んだのは『シートン動物記』の中の「オオカミ王ロボ」だけだったのかと思う。他の作品の記憶がまったくないのだ。ただ子どもたち用に買い揃えた児童書の中に『シートン動物記』があったはずなので、その時他の話も読んだはずなのに「ロボ」しか覚えていないのは、子どもの頃の記憶と重ねて印象深かったのだろう。他の作品はさらっと流して読んでしまったのだろう。子ども向けだということで、少し軽く見ていたのかもしれない。児童書甘く見ていて申し訳ありません。
今回読んで、やはり名作として長く読み継がれているものは、それだけの理由があるのだなあ、とあらためて感動した。今読めて本当によかった。課題書に選んでくださってありがとうございます。
映像が目に浮かぶ描写の巧みさに、まるで動物ドキュメンタリー(ナレーションと動物の声のアテレコ付き)を見ているようで、ぐいぐい引き込まれていった。見てきたの?という場面がいくつもあり、動物の心情を語る表現に、あなたもしや本当にクマだったりキツネだったりしましたか?と突っ込み入れながらの読書は最高に楽しかった。先に読んだ娘ときゃあきゃあ叫びながら、まるで応援上映のような楽しみ方をしてしまった。こんなに楽しい読書体験は久しぶりだった。
とにかく楽しかったので、もうそれだけで終始してしまい、真面目な感想をあまり述べられなくて読書会のみなさますみませんでした。
でもこの作品もっと布教したい!そして続編をぜひ!という気持ちでいっぱいです。
映画「手に魂を込め、歩いてみれば」
セピデ・ファルシ/監督 2025年 フランス・パレスチナ・イラン
2/6 OttOにて鑑賞
イラン人監督セピデとガザのフォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナの2024年4月からの約1年間の通信の記録。
ただ見ることしか出来ず、特に何も言うべき言葉もない。画面上のファトマから目がはなせない。最初の頃の明るく力強く聡明な彼女が次第に疲弊していき「最近集中出来ない」と打ち明ける様子が辛かった。
監督自身がイランの反体制運動で投獄され、故郷を逃れた身である。その監督がガザには入れない状況下で紹介されたのがファトマ。彼女を通してガザの現状が語られる。オンライン通話、写真、動画、メッセージ。監督は彼女が自分にとって“ガザの目”となってくれたと、パンフレットで語っている。その写真も動画も時にファトマ自身の歌声も、どれもとても心を打つ。ファトマが「(撮影の為に)通りに出る時は、手に魂を込める」と言う。出歩くことさえ危険な状況下で、緊張感もあるだろうし、この状況を伝えなければという使命感もあるだろう。それがカメラを持った「手に魂を込める」という言葉にあらわれている。
最初にファトマが自分はあまり英語が得意じゃない(上手くないだったかな?)と言うが、その対策なのか、ファトマの言葉に日本語の他に英語字幕がついていた。彼女の言葉と英語字幕が少し違ってる時もある。通信環境が悪く言葉が途切れることもあり、彼女の言葉を編集の時に補っているのだろう。彼女が監督から‥について(何だったか忘れた)聞かれた時「アラビア語ならいくらでも言えるのに、でも頑張って英語で話してみる」と言っていた。いっぱい話したいことがあるんだろうな。
ファトマとのオンライン通話はスマホ上。そのスマホをさらにスマホで監督が撮影している。
最初のオンライン上の出会いでファトマの明るい聡明そうな笑顔が見えた時、この女性がもうこの世にいないことにたまらなくなった。監督が「あなたはこんな状況でどうしてそんな明るくしていられるの?」と聞くと「あなたも経験するとわかる。慣れだ。もう慣れた」と言う。その言葉もたまらない。生まれてからずっとこんな状況なのだという。通信中もドローンの音、ヘリコプターの音、爆撃音などが聞こえる。彼女が爆撃の音を聞かせてくれたが、暗闇の中の爆撃音に思わず身がすくんで震えた。こんな音を四六時中聞かされ、近所で壊れた建物を見続けていたら、おかしくなりそうだ。
明るい彼女も状況によっては暗い表情も見せる。彼女を心配しても何も出来ない。監督が、自分は安全な場所にいながら、彼女の酷い状況を見ることしか出来ないことを嘆いていたが、それは映画を見ているわたしたちも同じなのだ。
ネット接続環境が不良で時々途切れながら、彼女の顔が映るとほっとする監督。今日も無事で連絡が取れた。そしてついに最後の通信という字幕。カンヌ映画祭に出品が決まったという監督の言葉に歓声を上げるファトマ。その翌日に彼女の家が爆撃され、彼女と家族は殺された。やりきれない思いだけが残る。
エンドロールにガザの写真の作者としてファトマの名前が流れた。パンフレットの彼女の言葉通り、彼女の写真は後世に永遠に残る。
『世界でくらすクルドの人たち』
ー月刊たくさんのふしぎ2026年3月号ー
金井真紀/文・絵 福音館書店
金井真紀さんの名は娘が購入している移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)のチャリティカレンダーのイラスト担当者で知っていた。また昨年の参院選の時と今回の衆院選でも「差別に投票しない」とうメッセージイラストを発信されていて、わたしもリポストしていた。気づかなかったけど、娘経由で2023年に購入したミャンマー支援のTシャツのイラストも彼女だった。
だからこの作品も知ってすぐ予約した。作者紹介欄にー任務は「多様性をおもしろがること」ーとあって、なるほどなあと納得した。自分の興味のおもむくままに行動し、ごく自然にそれが差別に反対する活動になっている。いいなあ。
その彼女が最初は埼玉の「ネウロズ」(クルドの新年のお祭り)からはじまり、世界各地のネウロズやクルド文化を、実際に足を運び時にはビデオ通話で訪ねる旅を描いている。簡単だけど的確な文章と美しい色彩のイラストで、クルドの歴史、文化、食事、人々との交流がわかりやすく描かれている。これは子どもに限らずぜひ多くの人に読んでもらいたい。
福音館の「月刊たくさんのふしぎ」は以前管瀬晶子さんの『ウンム・アーザルのキッチン』もあったし、本当にいい仕事している。これからも期待しています。
毎回選挙公報が来るのが遅く、投票日間近に来ることが多い。今回は特に準備期間が短く、前日くらいに届けばいい方だと思っていた。でも今朝の新聞と一緒に来た。意外と言っては失礼だけど、こんな大変な状況にきちんと仕事してる方々に感謝します。
候補者掲示板が、最初のうちは板がなくて骨組みだけだった時はどうなることかと思ったけど、今はちゃんと板もありポスターも貼られている。期日前投票始まりのお知らせメールが来ても、投票所入場券はまだ届いてなかったし、まあなくても投票できるらしいけど、どうするかなと思っていたら、ちゃんと一昨日届いた。早速昨日投票してきた。その場所の設営、人員の配備と、自治体の苦労を思うと自然と頭が下がった。
本当にこんな無駄な選挙の為に一体何人の人が心身を削って働いていることか。その結果がゼロ打ちで与党勝利の報だったりしたら(いやいや見込みは見込みだから諦めてはならない)、立ち上がる気力もなくなる。せめてもの抵抗の票を入れてきた。
iPhoneのお天気アプリで今週末の気温見て慄いている。何ですかこの数字は?
ただこれは予報なので本当にこれほど低くならないかもしれないけど。いつも日が経つにつれ予報が変わって来るから、今回もそうであってほしい。
NHKのニュース防災アプリの方の予報でも、これほどではないけどかなり低く予報が出てるから、土曜日から寒くなるのは間違いなさそう。
幸い外出予定の金曜日はまだ暖かそうなのでほっとしている。
節分がテーマなので、何か画材になるもの持って来るようにと言われていたけど、家には適当なものがなくて、鬼の面とイワシを借りて描いた。
「福は内」ではなく、すべての人に福が来ますように。どんなに酷い世界でも、辛くても目をそらさずしっかり見つめていこう。
祈りと決意を込めて描いた。
投票所入場券が届いた。明日にでも期日前投票に行ってこよう。
気がついたら年が明けてもうひと月たってしまった。
1月の読書記録、映画記録がまだ終わっていないのに。読みかけの本がちょこちょこあるせいか、読了本が少ない月だった。代わりに映画は(わたしにしては)多く6本見た。2014年11月の8本、同年10月の7本に次ぐ記録。あの頃は夫と義母の介護をしながらだったのに、よく見られたなあ。あんな元気はもうない。
先週の金曜日も映画の予定だったのに電車の運休と遅延があり、行くのを諦めたのだった。今週見られればいいけど、他の予定もあるしどうかなあ。
それより読みかけの本、積読本をどうにかしなければ。2月はあっという間に過ぎてしまう。