『千に染める古の色』
『千に染める古の色』久保田香里・著 紫昏たう・絵 アリス館 2022年
時代は平安時代なので『駅鈴』『氷石』の時代より300年後。都も平城京から平安京になり、藤原道長が権勢を誇っていた時代。
主人公の千古は藤原実資の娘、貴族のお姫様である。裳着という成人の儀式を間近に控えている。
目次の章題がそれぞれかさねの色目になっているのが、カラーの色見本みたいでとても洒落ている。染色場面も興味深く、植物の名と色の名前の美しさにときめいてしまう。
登場人物のなかに上総と呼ばれる少女が出てくるが、明らかにあの菅原孝標女だ。千古と女童の小鈴と上総が『源氏物語』に出てくるかさねの色目を再現して遊ぶところはわくわくする。
でもこの時代の貴族の女性ってなんて不自由なんだろう。成人になれば実の父親とも御簾ごしでないと会えないとは。身軽に立ったり歩くこともできない。
印象的な場面がある。心ひかれるものがあるとじっとしていられない千古に対して、小鈴が「もっとゆったりしていてほしい、ちかよりたいなら、ひざでにじりよるべきで、さっさと立ち上がるなんて」と嘆くところ。この時代に(高貴な身分に)生まれなくてよかった。
上流社会の優雅な世界ばかりでなく権力抗争の陰の部分もちらりとのぞかせ、ほのかな恋模様もあり、千古が自分の生き方は自分で決めたいと思うようになる過程が素直に納得出来る。様々な美しい布が目に見えるような素敵な作品だった。
時代と主人公たちの身分のせいで『駅鈴』『氷石』とだいぶ雰囲気が違う。庶民の生活と貴族の生活。埃っぽい市井の喧騒と豪華なお屋敷の優雅な遊び。それぞれ魅力的だけど、どちらかといえばあの走り回っていた登場人物たちのほうが好みだ。だからちょっと物足りなく感じてしまったのも正直な気持ち。
あ、でも千古はお姫様のわりにはずいぶん活動的だったけど。
ちょっとネットで千古について検索してしまった。
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