映画「名無しの子」

「名無しの子」
竹内亮/監督 2025年 日中合作ドキュメンタリー映画

1/16 OttO にて鑑賞

日中共同取材チームが100人以上の残留孤児とその家族を2年にわたって徹底取材したドキュメンタリー。

日中合作だからか字幕が日本語と中国語両方出ているのは良かった。そして監督が流暢に中国語を話せるので、取材相手と通訳を介せず話せるのがとても良かったと思う。日本語が分からず辛酸を舐めてきた中国残留孤児の方たちは、中国語で気持ちを話せる、聴いてもらえるということでほっとして、本音を素直に話せるのではないだろうか。「壁の外側と内側」でも思ったが、言葉の壁がないというのは強みだ。

映画のはじめの方で「残留孤児」について若者たちに尋ねていたが、その言葉を聞いたことのある人は皆無だった。最新の教科書にも取り上げられていないか、取り上げられてもわずか一行だという。驚いた。言葉くらいは聞いたことあると思っていたので。

中国残留孤児については1980年代に始まった「残留孤児訪日調査団」のニュースで、テレビで肉親に呼びかける姿を毎年目にしていた。しかしいつのまにかその話題は聞かなくなり、帰国した孤児たちのその後についての報道が時折あるだけになった。孤児たちのその後は概ねあまり幸せそうではなく、気の毒に思うと共に無理に帰国しなくても良かったんじゃないか、などと無責任に思っていた。テレビで見る孤児たちはもう40代50代で、中国語で呼びかける姿に、日本人というより中国人を見るような気になっていた。彼らがどうしてそうなったか、その理由について深く考えることもせずにいた事を恥ずかしく思う。

そもそものはじまり。日本が柳条湖事件から満州を攻撃し住民を殺戮し占領し、満州国を建国した、とはっきり言っている。ここでこの映画は信用できると思った。映画の中で孤児たちが中国を訪問し、舞台で芝居を上演していたが、その中でも「ああ、そうだ、私たちが彼らの土地を奪ったのだ。だからそこから去らなくてはいけない」ときちんと日本の加害について述べている。

貧しい農民を大量に満州に送り込み、日本人村が各地に出来た。その一方で土地を追われた中国の住民がいた事。その姿に現在のイスラエルに追われるパレスチナの人々が重なった。同じことがおきている。

しかし敗戦で事態は一変する。関東軍は住民を守るどころか真っ先に逃げ出し、残された住民は必死に逃げるが、逃げ足の遅い女子どもは足手まといになると振り捨てられる。文字通り切り捨てられる女性もいれば、自ら身を投げる女性もいた。置いておかれた子どもを優しく保護してくれたのが中国人養父母だった。極貧の中で、それでも優しく育ててくれた養父母に対する感謝の言葉は、どの孤児からも聞かれた。帰国を果たした後も、何度も訪中しお墓参りを欠かさない人もいた。

監督が長野県にある「満蒙開拓平和記念館」を訪ねた時、そこで見せられた2つの文書に愕然とした。
「居留民は出来る限り定着の方針を執る」
「満鮮に土着する者は日本国籍を離るるも支障なきものとす」
要するに国籍捨ててもかまわないから出来るだけ現地に留まれ、日本に帰ってくるな、ということ。国内の住民でさえ生きていくのが大変で困窮している中に、大勢で帰ってきてもらっても困る、ということだろう。国から移民として送り込まれ、その結果国から棄民された。なんという残酷なことだろう。

1958年の最後の引き上げ船に間に合い、若いうちに帰って来れた人はまだいい。日本語も習得できた。しかしその後1980年代まで帰国が叶わなかった多くの孤児たちは、年齢的に日本語の習得もままならず仕事にも就けず生活は困難である。生活保護を受ける人も多く、今度はそれに対して批判される。中国では日本人だといじめられ、日本では今度は中国人だと理不尽な扱いを受ける。どちらにいても幸せではない。

映画はこの後残留孤児2世の話に移る。この移行がスムーズだった。1人暮らしの高齢の孤児をディサービスに迎えに来た女性が2世だった。残留孤児の父親と一緒に来日し、その父親と高齢になった孤児たちのための介護施設を立ち上げたのだ。入居者の中には日本の介護施設に馴染めず自殺未遂を起こしてこちらに来た人もいた。自宅を改装し事業を始めた2世の女性。彼女も日本の高校で壮絶ないじめにあったという。中国にいる時は友人も多く明るい性格だったという。1世だけでなく2世も差別を受けたのだ。
その差別に抗うために暴力に走った2世も取材していた。「怒羅権(ドラゴン)」という暴走族か暴力団か?と思う怖いグループのボスだけど、彼にとっては居場所を作るためだったという。彼も中国にいた時は日本人の子ということでいじめられていて、日本に行けばいじめられずにすむと思っていたのに、日本でもやはりいじめられたのだそう。やりきれないけど、普通に刑務所に6回入ったと言うのでビビった。

そしてさらに3世の話も。介護施設運営の2世女性の高校2年の息子さん。中国語は聞くのは出来るが、喋れないという。人には自身を「ハーフ」か「日本人」と紹介するという。母親である2世は北京大学に留学してもらいたいと思っているけど、本人は拒否している。(姉はすでに留学しているという)それでも中国の母親の実家を一緒に訪ねたり、施設に顔を出したり、母親がもし死んだら自分があとを継ぐとまで言っている。高校生男子にしては親との関係がとてもいいなと思う。


彼ら残留孤児の問題は今も解決していない。国を相手に起こした訴訟にもほとんど負けたそうだ。彼らを生んだ責任は国にあるのに、彼らの苦難に寄り添う姿勢はない。満蒙開拓平和記念館の運営さえ民間だ。孤児たちの今後が、少しでも心安らかなものであることを、祈らずにはいられない。

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