映画「ロッコク・キッチン」
映画「ロッコク・キッチン」
川内有緒+三好大輔/監督 2025年
4/27 OttOにて鑑賞
ロッコクとは東京から千葉・茨城・福島を経て、仙台市に至る国道6号線のこと。このロッコク沿いの一部の町は原発事故により長く帰還困難区域となっていた。通行制限されていたロッコクも2014年に一般車両、2022年に自転車や徒歩でも通行可能になる。この映画は2024年に監督2人がこのロッコクを何度も往復し、そこに暮らす人々を記録してきた映像。
「みんな、なに食べて、どう生きているんだろう?」というチラシの言葉から、もっといろいろな美味しそうな食べ物が出てくると期待していた、わたしはそういう能天気な観客だった。
考えてみれば原発事故からいまだ故郷に帰れない人々がいることは、ニュースで知っていたはずなのに、どこか他人事に感じていた。
遠くに見える原発の建物。その原発からの電気で生活していた首都圏に暮らしていながら、その地に暮らす人々に思いを巡らすことを怠っていたことを、申し訳ないと思う。
序盤「昨日何食べましたか?」という監督からの質問に答える人々。それぞれにドラマがあるがそこは割とあっさりしていて、その後は3人の人にフォーカスしていく。
1人目。インド出身のスワスティカ・ハルシュ・ジャジュさん。一般社団法人双葉観光地域研究協会に所属し双葉町の現在を知るツアーなどの企画・実施している。彼女のツアーでは建物の除染について説明があった。除染の方法は二つ。一つは水で洗浄、一つは解体。並んだ二つの建物のうち一方は除染され修復されている。それは歴史的な建物らしい。一方の普通の民家は避難寸前まで暮らしていたそのままの姿で残され、いずれ解体されるという。ここは辛かった。普通の人々が普通に暮らしていた家、それがまるで価値のないものかのように扱われるのか。
(解体については後の2人の話の中でも出てきた。何で俺の家が解体されるのか、と怒りと悔しさでいっぱいの声をあげる人。祖母の家が解体された跡地に本屋を開く青年)
2人目。東京在住の写真家中筋純さん。チェルノブイリも取材した彼は、原発事故後の町の変遷を記録し続けている。2023年、アートを通じた記憶の継承を目指す「おれたちの伝承館」(通称「おれ伝」)を開館する。「おれ伝」の作品の中には、震災後のあるスーパーの店内の様子が写されているもの、浪江町のメインストリートを2014年、2018年、2020年と同じ構図でストリートビュー風に写したものがあった。壊れたままの日常や除染と公費解体で建物が減っていっている様子が切ない。中でも迫力あったのが、東京方面から北海道を眺めた鳥瞰図。最初砂山かと思ったら、地勢図のようになっていた。そしてそこに赤い印で各所の原発が表されていた。福島、茨城、新潟、青森、北海道、日本にこんなに原発があるのかと改めて驚かされる。
3人目。大熊町で育ち小学6年で震災に遭い、避難して住居を転々とした後、11年ぶりに大熊町に帰ってきた武内優さん。彼は昼は板金加工の仕事で原発に通い、夜6時から9時まで解体された祖母の家の更地で本屋を開いている。「読書屋 息つぎ」という名の本屋は、ビニールハウスの骨組みに裸電球、材木の板を並べた本棚、という素朴というかそっけない作り。冬はとてつもなく寒そうだし、夏は虫が寄ってきそう。場所は暗くてわかりにくく、お客さん来るのか?と心配になる。でも朴訥な佇まいの武内さんの語る声と言葉は、何とも言えない味わいがある。詩人の雰囲気。この人が映画の冒頭のナレーションを担当していた。InstagramやTwitterでも発信している。
「おれ伝」には行けるかもしれないけど、この本屋にはとても行けない。車がないと無理だろうし。でも映画で知って以来SNSはチェックしている。
3人のそれぞれの言葉が心に残った。スワスティカさんが「インドも故郷、双葉町も故郷。住んでいるところが故郷だと思う」と言っていたが、昨今の外国人排斥の影響が彼女に及ばないことを願っている。
中筋さんは「日本に原発は要らないと思う」と答えていたけど、本当にそう思う。
武内さんが「町は家族」だと言っていたが、その家族、帰るべき家を突然奪われた理不尽さは、どこにぶつければいいのだろう。
被写体となった人々の存在感に圧倒された映画だった。
川内有緒+三好大輔/監督 2025年
4/27 OttOにて鑑賞
ロッコクとは東京から千葉・茨城・福島を経て、仙台市に至る国道6号線のこと。このロッコク沿いの一部の町は原発事故により長く帰還困難区域となっていた。通行制限されていたロッコクも2014年に一般車両、2022年に自転車や徒歩でも通行可能になる。この映画は2024年に監督2人がこのロッコクを何度も往復し、そこに暮らす人々を記録してきた映像。
「みんな、なに食べて、どう生きているんだろう?」というチラシの言葉から、もっといろいろな美味しそうな食べ物が出てくると期待していた、わたしはそういう能天気な観客だった。
考えてみれば原発事故からいまだ故郷に帰れない人々がいることは、ニュースで知っていたはずなのに、どこか他人事に感じていた。
遠くに見える原発の建物。その原発からの電気で生活していた首都圏に暮らしていながら、その地に暮らす人々に思いを巡らすことを怠っていたことを、申し訳ないと思う。
序盤「昨日何食べましたか?」という監督からの質問に答える人々。それぞれにドラマがあるがそこは割とあっさりしていて、その後は3人の人にフォーカスしていく。
1人目。インド出身のスワスティカ・ハルシュ・ジャジュさん。一般社団法人双葉観光地域研究協会に所属し双葉町の現在を知るツアーなどの企画・実施している。彼女のツアーでは建物の除染について説明があった。除染の方法は二つ。一つは水で洗浄、一つは解体。並んだ二つの建物のうち一方は除染され修復されている。それは歴史的な建物らしい。一方の普通の民家は避難寸前まで暮らしていたそのままの姿で残され、いずれ解体されるという。ここは辛かった。普通の人々が普通に暮らしていた家、それがまるで価値のないものかのように扱われるのか。
(解体については後の2人の話の中でも出てきた。何で俺の家が解体されるのか、と怒りと悔しさでいっぱいの声をあげる人。祖母の家が解体された跡地に本屋を開く青年)
2人目。東京在住の写真家中筋純さん。チェルノブイリも取材した彼は、原発事故後の町の変遷を記録し続けている。2023年、アートを通じた記憶の継承を目指す「おれたちの伝承館」(通称「おれ伝」)を開館する。「おれ伝」の作品の中には、震災後のあるスーパーの店内の様子が写されているもの、浪江町のメインストリートを2014年、2018年、2020年と同じ構図でストリートビュー風に写したものがあった。壊れたままの日常や除染と公費解体で建物が減っていっている様子が切ない。中でも迫力あったのが、東京方面から北海道を眺めた鳥瞰図。最初砂山かと思ったら、地勢図のようになっていた。そしてそこに赤い印で各所の原発が表されていた。福島、茨城、新潟、青森、北海道、日本にこんなに原発があるのかと改めて驚かされる。
3人目。大熊町で育ち小学6年で震災に遭い、避難して住居を転々とした後、11年ぶりに大熊町に帰ってきた武内優さん。彼は昼は板金加工の仕事で原発に通い、夜6時から9時まで解体された祖母の家の更地で本屋を開いている。「読書屋 息つぎ」という名の本屋は、ビニールハウスの骨組みに裸電球、材木の板を並べた本棚、という素朴というかそっけない作り。冬はとてつもなく寒そうだし、夏は虫が寄ってきそう。場所は暗くてわかりにくく、お客さん来るのか?と心配になる。でも朴訥な佇まいの武内さんの語る声と言葉は、何とも言えない味わいがある。詩人の雰囲気。この人が映画の冒頭のナレーションを担当していた。InstagramやTwitterでも発信している。
「おれ伝」には行けるかもしれないけど、この本屋にはとても行けない。車がないと無理だろうし。でも映画で知って以来SNSはチェックしている。
3人のそれぞれの言葉が心に残った。スワスティカさんが「インドも故郷、双葉町も故郷。住んでいるところが故郷だと思う」と言っていたが、昨今の外国人排斥の影響が彼女に及ばないことを願っている。
中筋さんは「日本に原発は要らないと思う」と答えていたけど、本当にそう思う。
武内さんが「町は家族」だと言っていたが、その家族、帰るべき家を突然奪われた理不尽さは、どこにぶつければいいのだろう。
被写体となった人々の存在感に圧倒された映画だった。
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