映画「私たちの話し方」

映画「私たちの話し方」

映画「私たちの話し方」
アダム・ウォン/監督 2024年 香港 広東語・香港手話

4/17 OttOにて鑑賞

異なる環境に育った3人の聾者の若者。手話だけを使うジーソン、ジーソンの幼馴染で口語と手話の両方を使うアラン、人工内耳のアンバサダーを務め口語のみを使うソフィー。3人が出会いその交流の中でそれぞれの生き方に変化が生まれてくる。

ものすごく情報量が多くさまざまな問題を含んでいるのに、それが深刻で重苦しいものにならず、爽やかで気持ちの良い映画だった。

最初にジーソンとアランが通った頃の香港の聾学校が映るが、2005年当時は口話教育を強制され手話は禁止されていた。(これは日本も長くそうだった)ヒステリックに手話を禁じる教師をよそに、子どもたちは割と自由に手話で会話していて、あまり悲壮感がない。教師に教室の外の廊下で離れて立たされた二人だけど、手話で会話できるのであまり意味がないのが面白かった。アランはこの後人工内耳を装着する予定なのだけど、そうなっても手話は使い続けると約束する。この場面はとてもいい。

この後2010年には国際ろう教育会議の声明「ろう教育はすべての伝達方法を受け入れ、手話を復権させる」とテロップで説明が出た。香港のろう学校では、今は手話と口話の両方で教育をしているそうだ。手話も口話もどちらでも本人に適したものを使う、その選択肢があることがもっとも重要なのだと思う。

家族全員ろう者で手話のみを使うジーソンは、ろう者であることや手話に誇りを持っている。そんないつも活発で明るいジーソンでも、自分の夢の実現にろう者であるが故の壁が立ち塞がった時は、怒りと悲しみで落ち込む。

アランの家族はたぶん聴者だろう。しかしろう学校に通わせたり、ジーソンとの付き合いも自然と受け入れる。アランが屈託なく聴者社会に適応出来ているのも、本人の性格と努力もあるが、そんな家族の姿勢があるからではないかと思う。また人工内耳も常に最新のものを装着できる経済的余裕があることも大きい。(ソフィーの人工内耳がずいぶん古いことに驚いていた)彼も一度人工内耳の外部装置(補聴器みたいな形)を外す場面がある。しばし無音の状態にいた彼は、やがてまた外部装置をつけて音の世界に帰る。

ソフィーは3歳で聴力を失い人工内耳を装着した。母親はたぶんシングルマザーなのではないかと思う。人工内耳も支援団体の補助で装着していたし(だからアランのように最新のものではない)、とにかく聴者と同じように娘を「普通」に育てようと必死だ。気持ちはわかる。娘を聴者社会から弾かれた存在にしたくない、ちゃんと普通の生活ができるようにしたいという強い思い。それは娘のためでもあるが、同時に娘のろう者としてのアイデンティティーを奪うことになる。絶対にろう者と触れ合うことは許さず、徹底して読唇と口話の訓練を課す。その母親の期待に応えようと厳しい訓練を耐え抜き、聴者の世界で大学も卒業し大企業に就職もできた。だがアランとジーソンと知り合い、ジーソンから手話を習い、ろうのコミュニティと触れ合うことで次第に今までの生き方に迷いが出てくる。人工内耳があってもクリアに聞こえるわけではない。雑音は混じるし、正確に聞き取るためには読唇が必要になる。だから学友や同僚と一緒にいても、完全にその場に溶け込めてはいない、常にどこか不安で孤独を感じている。そんな彼女だが、街中で手話で話す親子と同席して自分も手話で話す時、ジーソンのろうの仲間たちといる時、とても明るい表情を見せる。母親に「(手話なんか覚えたら)ろう者になってしまう!」と言われた時「私はろう者よ!」と言い返す。
しかし聴者の世界でも孤独な彼女は、人工内耳のアンバサダーをしたことで、ろう者のコミュニティからも「エセろう者」と非難され傷つく。これは仕方ないとはいえ彼女にとってはとても辛かったろう。
そして夜の街に向かって彼女は手話で独白する。「普通を目指してやってきたけど、普通のハードルは高い。選べるなら私は静寂を選びたい」
母親は彼女の選択を認めながら「でもあなたと話したい」と述べる。声で会話したいという母親の希望も切ない。(以前読んだ漫画『わが指のオーケストラ』でろうの子どもに手話でなく口話を選んだ母親が「我が子からお母さんと呼ばれたいんです」と切実な思いを口にする場面があったのを思い出した)2人が手話をしながら口語でも話す場面はとても良かった。

正解は一つだけではなく、その人にあったやり方を選べばいい。その選択肢が自然にある社会であってほしい。3人はそれぞれの道に進む。3人のこれからに幸あれと願う。

とにかくいっぱい思うこと伝えたいことがあって、とても言葉が足りない。今はとりあえずこれだけしか書けなかった。できればまた見たいし、多くの人に見てほしい映画だった。

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