映画「非常戒厳前夜」
映画「非常戒厳前夜」
キム・ヨンジン/監督 2025年
OttOにて鑑賞 2025年12月22日
2024年12月3日の韓国戒厳令のニュースには驚いた。一国の大統領が出した命令なので、それなりの意味があるものだろうとぼんやり思っていた。だがニュースでその後の国会議員たちが国会に押しかける姿、多くの国民が抗議行動する姿を見て、何が起こってるのか何が正しいのか訳が分からなかった。韓国の情勢を知らないせいもあるが、お上の出した命令だから正しいはず、何か意味があるはず、と無条件に無批判に受け入れるクセがついていたのだろう。
結局戒厳令は無効となり、大統領はその後弾劾され罷免された。あの戒厳令はいったい何だったのだろう。それが知りたくてこの映画を見た。
見る前は勘違いしていたのだが、わたしはこの映画は戒厳令下での人々の行動を記録し、その解除までを追ったものだと思っていた。だがそうではなくその逆で、戒厳令に至るまでの記録だった。大統領に批判的な独立系メディア「ニュース打破」に対して、大統領が行った言論弾圧の日々が記録されていたのだ。権力者が自分に不利なニュースを流すメディアを狙い撃ちして徹底的に潰そうとしていた。それに対抗したメディアの闘いの日々の記録だった。監督のキム・ヨンジンは「ニュース打破」の代表を2025年2月まで務めていた。
「始まりは2023年9月14日だった」と言う記者の言葉から、映像は過去へ飛ぶ。「ニュース打破」の事務所への強制捜査だけでなく、二人の記者の自宅へ検察が家宅捜索に訪れる。事務所前で強引に入ろうとする検察を、弁護士到着まで待たせる緊迫した場面。こういう場面はニュースでも見ていたが、何となく検察が正義のように見えていた。でもこの映画で捜索を受ける側からの身になって見ることが出来た。
記者の自宅、まず令状の確認も短い時間ではちゃんと出来ない。弁護士が来てくれて二人で確認していても見逃すことはある。対して検察側は大勢でやって来て家中を荒らし回る。その異常な状況下では、とても頭が回らない。後日確認して捜索対象でない物品まで押収していったことがわかる。
後日のキム代表宅への強制捜査の時は、なぜかバールのような棒を持った人もいた。何でも捜査を拒否したら玄関をこじ開けるための要員だったらしい。この人たちは検察ではなく消防隊とか?らしいが、わざわざこのためだけに駆り出されたのだ。何とも馬鹿らしいがこれも威嚇のつもりなのだろう。こういうふうに精神的に相手を追い詰めていくのだろう。正義の味方だと思っていた検察が、権力者と手を組むと平気でこういうことをするのか。そもそも大統領が任命しているのだから当たり前か。恐ろしさに体が震える。
普通の人ならこんな事にはとても耐えられない。記者でさえ「自分はストレスには強いと思っていたが、さすがにきつかった」と言っている。
しかも権力側はニュース打破が「フェイクニュースを流す罪人」であるかのような印象操作を大々的にしてくる。記者の一人が、「世間での悪評があまりに凄いので、もしかしたら自分たちが間違っているんじゃないかと思ってしまう時もあった」と言っていたが、あまりひどい状況におかれると、正確な判断もできなくなってしまうのだろう。日本でも不確かな情報によるバッシングのひどさに耐えられない悲劇が何件も起きている。
記者たちは弾圧に屈せず立ち向かう。「ニュース打破」は報道の独立性を確保するため、企業広告をとらず市民からの支援で運営されているという。だからこういう活動が出来るのか。
検察に出頭したキム代表を待ち構えていた他のメディアが「今どんなお気持ちですか?」とインタビューする姿には呆れた。
あなたたちの仲間でしょ?自分たちにもいつ降りかかってくるかもしれない事なのに、何を呑気に聞いてるの?自分たちは正義で「ニュース打破」はフェイクニュースを流す悪いメディアだから、高見の見物を決め込んでいるの?
それに対する代表の言葉が痛烈だった。
「聞かせて下さい。本来ここに立つべきなのは誰なんですか?私たち記者は権力者の情報を丸呑みにして流してはならない。私たちは同じ記者です。いっしょに頑張りましょう」(ちょっと記憶が曖昧なので、パンフレットを参考にした。正確にこう言ったわけではない)
韓国メディアも日本のメディアと同じく、政府の発表をそのまま流すだけなんだと思った。それでも韓国にはこんな気骨のあるジャーナリストがいるのだ。日本はどうか。こういうジャーナリストを育てる土壌があるだろうか。暗澹たる気持ちになる。
パンフレットによると、この映画の原題は「押収捜索ー内乱の始まり」だという。映画の内容はまさにその通りだった。
キム・ヨンジン/監督 2025年
OttOにて鑑賞 2025年12月22日
2024年12月3日の韓国戒厳令のニュースには驚いた。一国の大統領が出した命令なので、それなりの意味があるものだろうとぼんやり思っていた。だがニュースでその後の国会議員たちが国会に押しかける姿、多くの国民が抗議行動する姿を見て、何が起こってるのか何が正しいのか訳が分からなかった。韓国の情勢を知らないせいもあるが、お上の出した命令だから正しいはず、何か意味があるはず、と無条件に無批判に受け入れるクセがついていたのだろう。
結局戒厳令は無効となり、大統領はその後弾劾され罷免された。あの戒厳令はいったい何だったのだろう。それが知りたくてこの映画を見た。
見る前は勘違いしていたのだが、わたしはこの映画は戒厳令下での人々の行動を記録し、その解除までを追ったものだと思っていた。だがそうではなくその逆で、戒厳令に至るまでの記録だった。大統領に批判的な独立系メディア「ニュース打破」に対して、大統領が行った言論弾圧の日々が記録されていたのだ。権力者が自分に不利なニュースを流すメディアを狙い撃ちして徹底的に潰そうとしていた。それに対抗したメディアの闘いの日々の記録だった。監督のキム・ヨンジンは「ニュース打破」の代表を2025年2月まで務めていた。
「始まりは2023年9月14日だった」と言う記者の言葉から、映像は過去へ飛ぶ。「ニュース打破」の事務所への強制捜査だけでなく、二人の記者の自宅へ検察が家宅捜索に訪れる。事務所前で強引に入ろうとする検察を、弁護士到着まで待たせる緊迫した場面。こういう場面はニュースでも見ていたが、何となく検察が正義のように見えていた。でもこの映画で捜索を受ける側からの身になって見ることが出来た。
記者の自宅、まず令状の確認も短い時間ではちゃんと出来ない。弁護士が来てくれて二人で確認していても見逃すことはある。対して検察側は大勢でやって来て家中を荒らし回る。その異常な状況下では、とても頭が回らない。後日確認して捜索対象でない物品まで押収していったことがわかる。
後日のキム代表宅への強制捜査の時は、なぜかバールのような棒を持った人もいた。何でも捜査を拒否したら玄関をこじ開けるための要員だったらしい。この人たちは検察ではなく消防隊とか?らしいが、わざわざこのためだけに駆り出されたのだ。何とも馬鹿らしいがこれも威嚇のつもりなのだろう。こういうふうに精神的に相手を追い詰めていくのだろう。正義の味方だと思っていた検察が、権力者と手を組むと平気でこういうことをするのか。そもそも大統領が任命しているのだから当たり前か。恐ろしさに体が震える。
普通の人ならこんな事にはとても耐えられない。記者でさえ「自分はストレスには強いと思っていたが、さすがにきつかった」と言っている。
しかも権力側はニュース打破が「フェイクニュースを流す罪人」であるかのような印象操作を大々的にしてくる。記者の一人が、「世間での悪評があまりに凄いので、もしかしたら自分たちが間違っているんじゃないかと思ってしまう時もあった」と言っていたが、あまりひどい状況におかれると、正確な判断もできなくなってしまうのだろう。日本でも不確かな情報によるバッシングのひどさに耐えられない悲劇が何件も起きている。
記者たちは弾圧に屈せず立ち向かう。「ニュース打破」は報道の独立性を確保するため、企業広告をとらず市民からの支援で運営されているという。だからこういう活動が出来るのか。
検察に出頭したキム代表を待ち構えていた他のメディアが「今どんなお気持ちですか?」とインタビューする姿には呆れた。
あなたたちの仲間でしょ?自分たちにもいつ降りかかってくるかもしれない事なのに、何を呑気に聞いてるの?自分たちは正義で「ニュース打破」はフェイクニュースを流す悪いメディアだから、高見の見物を決め込んでいるの?
それに対する代表の言葉が痛烈だった。
「聞かせて下さい。本来ここに立つべきなのは誰なんですか?私たち記者は権力者の情報を丸呑みにして流してはならない。私たちは同じ記者です。いっしょに頑張りましょう」(ちょっと記憶が曖昧なので、パンフレットを参考にした。正確にこう言ったわけではない)
韓国メディアも日本のメディアと同じく、政府の発表をそのまま流すだけなんだと思った。それでも韓国にはこんな気骨のあるジャーナリストがいるのだ。日本はどうか。こういうジャーナリストを育てる土壌があるだろうか。暗澹たる気持ちになる。
パンフレットによると、この映画の原題は「押収捜索ー内乱の始まり」だという。映画の内容はまさにその通りだった。
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