映画「金子文子 何が私をこうさせたか」

映画「金子文子 何が私をこうさせたか」

映画「金子文子 何が私をこうさせたか」
浜野佐知/監督 2025年

6/5 OttOにて鑑賞

100年前「大逆罪」で死刑判決を受けその後無期懲役に減刑されながら刑務所内で自死した金子文子。彼女の判決から自死に至るまでを描いた作品。

「大逆罪」といえば、明治時代の幸徳秋水と管野すがの「大逆事件」として知っていたが、他にも「大逆罪」が適用された事件があったことは知らなかった。金子文子を知ったのは割と最近で、こんな女性がいたのかと驚いた。

パンフレットを読むと、金子文子は1923年9月3日、関東大震災の際の官民による朝鮮人虐殺を正当化するために、皇太子を狙った爆弾犯というでっち上げの罪で恋人の朴烈と共に検束された。その罪をあえて否定せず、日本の国家と対峙して思想的な闘いを展開したという。約3年の予審尋問、公判を経て1926年3月25日死刑判決。4月6日恩赦により無期懲役に減刑。7月23日収監先の刑務所内で自死。23歳。

彼女の生い立ちなどは回想で描かれ、主に描かれるのは判決後移送された刑務所(宇都宮刑務所栃木支所)での、転向文を書かせようとする刑務所側との攻防だ。

とにかく彼女の発する言葉ひとつひとつが深く胸に突き刺さり、頷くことばかりだった。自分を踏みつける権力の暴力に徹底して抗う激しい姿に圧倒された。

意外だったのは刑務所がちゃんと人道的な扱いをしていたこと。もっと強圧的かと思ったけど、支所長は暴力的ではない。文子の生い立ちが書かれた新聞を読み女性看守にも読むように勧めたり、教誨師も地元の人間では手に負えないとなったら、東京から呼び寄せたりしている。特高課長や上司の「手ぬるい、拷問すればいい」という批判にも「それはできない。刑務所は更生のためにある」と応えるし、文子に手を挙げる特高を止めようとしたり。
そんな彼も文子の天皇制を批判する文を見た時は激昂する。「お前はこの国を根本から否定するのか」と叫び、彼女を懲罰房に入れる。天皇を神とする大前提のもと社会が構成されていた当時としては、国のあり方をまるっきり否定する考えは許されるものではなかったのだろう。

支所長、看守、教誨師、予審判事など彼女に直接関わった人々が、彼女に比較的好意的だったのは興味深い。

判決までの刑務所内では、手記の執筆や外部との手紙のやり取りなどもあったらしいが、無期懲役で宇都宮刑務所栃木支所に移送されてから自死までのことは、明らかになっていないという。彼女の遺書や原稿類は刑務所側の手で隠されたのだそうだ。それなら彼女の自死も、もしかしたら拷問による虐殺死だったかもしれないと疑ってしまう。
彼女の印象的な台詞は、パンフレットに彼女の自伝や公判調書の言葉として紹介されている。それらとわずかに残された短歌から刑務所での様子が描かれている。実際に刑務所内でのやりとりではなかったかもしれないが、彼女自身の言葉であることに変わりはなく、その言葉にわたしは激しく心を動かされた。
彼女の言葉はまさに今に通じる言葉だった。100年前と今と、実は何も変わっていないのだ。彼女のような勇気、行動力はわたしにはないが、せめて権力の理不尽な抑圧、強制には全力で抗っていきたいと思う。

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