『対馬丸』

『対馬丸』

『対馬丸』
大城立裕/著 長新太/装・さし絵 理論社名作の森 2005年

1944年8月22日に沖縄からの学童疎開船「対馬丸」が潜水艦の攻撃を受け沈没、多くの犠牲者を出した「対馬丸事件」。この悲劇の全貌を描いたノンフィクション。

あとがきにあるように、親や教師や子どもそれぞれの立場、境遇、心情を、疎開の決定から遭難後まで丁寧に描き、それだけでなく当時の国の姿勢をしっかり描くことで、事件の歴史的構造的な意味を明らかにしようとしている。たんなる漂流記、冒険譚で終わらせてはならない、という著者の思いが伝わってくる。

読んでからしばらく経っても、自分のなかでまだまとめきれなくてポツポツとしか書けない。

なぜ学童疎開が計画されたか。その前に沖縄を本土を守る前線基地にしていた事実がある。その為多くの兵隊が沖縄に集結し、人口30万人の沖縄が40万にまで増えた。当然食料は足りなくなる。その為働き手や戦力以外の子どもたちを本土へ疎開させる必要が出てきた。つまり兵隊に追い出される形だった。
もちろん戦場になったら危ないからという理由もあったし、教師たちは満足に授業のできないここにいるより、本土でちゃんと教育を受けさせたいという気持ちもあった。疎開の対象にならなかった女学生たちが、自分たちも本土に行けたら授業を受けられるのに、と羨ましがる様子も書かれていた。
教師のなかには自分の理想とする教育を思い存分やってみたいと意気込む者もいた。

そしてゾッとしたのは、子どもたちの安全と同時に、お国の為に将来戦力になる子どもを育てる目的もあったということ。
ーここで全員玉砕しても、疎開していれば子孫を残せる。優秀な教師と学童を疎開させるのは将来にそなえる意義がある。その為他の一般婦女子より優先すべきー

子どもたちは無邪気に遠足気分。親たちはもっと複雑。船が沈められる危険を感じる親もいたが、乗るのは軍艦だと聞いて安心したり。渋る親たちを説得に回る教師も。

驚いたのは混乱の中、対馬丸より早く8月14日に本当に軍艦で疎開した第一陣がいたことだった。この船は無事九州に着いていた。

対馬丸は軍艦でなく貨物船で、しかもかなり老朽化していて、いざ乗船のとき軍艦でないことを知り乗らなかった人もいたという。

疎開船は「対馬丸」だけでなく、あと二隻「和浦丸」「暁空丸」があり、対馬丸が1番老朽がひどくその為船団からは常に遅れがちだったという。その為標的になりやすかったらしい。
護衛艦は2隻いたが、「対馬丸」沈没の時なぜ救助しなかったのかと思ったが、他の船の護衛があった為なのか。

対馬丸には学童だけでなく一般の人もいた。そして中には兵隊たちと一緒に娼婦の姿もあったという。この部分を読んだ時は驚いた。兵士の為の娼婦はどこでもいるのか。従軍慰安婦という言葉と、映画「黒川の女たち」を思い出した。

漂流の話も辛いが、救助の後の箝口令の為、誰にも話せなかった子どもたちの心情を思うと、あまりにも酷い。目の前で友人や家族の死を見たのに、それを口に出来ない。しかも自分は助かったのに。

箝口令があっても噂は広がり、犠牲者の家族が疎開を勧めた校長を責める場面も辛かった。
校長だって積極的な人ばかりではなく、国の方針だと言われやむなく従った人もいたのに。

そして遭難から50日目、10月10日に米軍の空襲があり、その後疎開船は次々と運行され、1945年3月20日沖縄戦がはじまる直前まで続いたという。

本文はここで終わり付録が続く。
「事件の概要ととむらいの記録」
「県通達文書」
 関連地域地図
「対馬丸遭難学童名簿」
「あとがき」



わたしがこの事件の事を知ったのは、広島長崎の原爆や東京大空襲や満州引き揚げなどに比べて、かなり後になってからだった。沖縄戦のこともそうだった。
そこから沖縄の置かれた立場がはっきり分かる。それだけ報道が少ないのだ。触れる機会が少ないので知らないでいられた。だからといって言い訳にはならない。知らないでいたことに恥じいるばかりだ。
戦時中は本土を守る前線基地にされ、唯一の地上戦の戦場になり、戦後は米軍の占領地になり、本土復帰後も米軍基地は残り、さまざまな負担を強いられている。
この本は「対馬丸事件」を通して今の問題を深く考えるきっかけをくれた。感謝している。

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