今まで「NHKプラス」と「NHKニュース防災」アプリ使っていたけど、今日10月1日から新しいサービス「NHK ONE」が始まり、今までのアプリは使えなくなり、新しく「NHK ONE」にアカウント登録しなければならなくなった。事前の通知で、既に「NHKプラス」に登録してある人は登録が簡単、とのことだった。
でも実際にやってみると「NHKプラス」に登録してあったメルアドを入力しても、認証コードが届かないため、それから先に進めなかった。何度やってもダメなので、これは不具合起きてるなと思ったら、そういう投稿でSNSが賑わっていた。どうもGメールだと届かないらしい。やれやれ、多くの人が一斉に登録作業したらそりゃパンクして、エラーも出るよね。まあ気長に待つつもりでいたけど、さっき試しにもう一度やってみたら、メルアドの登録もしてないのに普通に見られるようになった。あれ?何で?
もしかしたら不具合が続いてクレームが多すぎるので、緊急措置として登録なしでそのまま使えるようになったのかな?これだとパスワード設定してないので、一旦ログアウトしたら再ログイン出来なくなるんじゃなかろうか。後で設定するようにまたお知らせがくるのかも。
今はスマホとタブレットから見てるけど、「NKHプラス」をテレビでも見られるようにするには、またアプリのインストールと登録しなきゃならないかな。面倒だな。
映画「リンダ リンダ リンダ」4K
山下敦弘/監督 2005年 日本
9/26 Ottoにて鑑賞
うわ〜ん!最高〜!
高校生だ!高校生だ!高校生だ!
文化祭だ!文化祭だ!文化祭だ!
もうそれしかない。
見ている間ずっと心の中で叫んでいた。
映画は思ったよりあっさり進む。状況説明がなくても見てるうちになんとなくわかるし、必要以上に感情に訴える演出もなく、不器用でぶっきらぼうで等身大の高校生たち。
それでもクライマックスの「リンダリンダ」で最高に盛り上がる。これはもう楽曲の勝利。あれやられたら盛り上がるしかないでしょ。
ぺ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織、みんなよかった。香椎由宇が最年少で本当に現役高校生だったというのが最大の驚き。あんな完成度の高い美貌の高校生が本当にいたのか。
松山ケンイチは予告編で知ってたけど、小出恵介までいたのはびっくり。
屋上で1人漫画喫茶を開いていた先輩がハスキーな声でかっこよかった。
メンバーが遅れた時間稼ぎに、歌い出した萌役の子が上手くてびっくりした。曲も素敵だった。
以下映画から呼びさまされた年寄りの思い出話。
ん十年前の光景がそのまま目の前に現れて、懐かしくて泣きそうだった。校舎を忙しく走り回り、部活とクラスの出し物の、掛け持ち調整にヤキモキしたあの頃。なかなか作業が終わらなくて暗くなると、危ないからと男子が女子を駅まで送って行った。どこからあんな情熱がわいてきたのだろう。
当時の母校の文化祭は「音楽演劇祭(音演祭おんえんさい)」と「講演展示祭(講展祭こうてんさい)」と「体育祭」と合わせて「記念祭」と呼んでいた。最終日にはキャンプファイアーを囲んででフォークダンスもあった。「一緒に踊ってください」という申し込みなどあって、気恥ずかしく甘酸っぱい、ああ青春。
「音演祭」は区立の公会堂を借りてやっていたのが、わたしたちが1年生の時あまりにも騒がしく行儀が悪くて、翌年からは貸してもらえなくなり、翌年からは「音演祭」は体育館でやるようになった。そうだろうなあ、トイレットペーパーを持ち出して舞台にテープ代わりに投げ入れていたもんな。悪ガキだったわたしたち。だから米澤穂信『氷菓』にあんなに共感してしまったのだろうなあ。
映画「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」
ショーン・ベイカー/監督 2017年 アメリカ 日本公開2018年
WOWOW放送視聴
とてもよかった!
華やかなディズニーワールドの近くの安モーテルで暮らす、シングルマザーのヘイリーと6歳の娘ムーニーの日常。
真夏の太陽の中、色彩豊かに描かれる子どもたちが生き生きしていて本当に楽しそう。子どもらしいといえば聞こえはいいけど、しかしまあ悪ガキでその無茶苦茶ぶりに呆れるばかり。しつけはどうした?と母親を叱りたいけど、この母親自体社会性が身についていない。はたから見たら母親失格だ。料理はしてる様子はないし、食事はもらいもののパンケーキや福祉団体?が配給するパンだけ。口は悪いしムーニーの悪戯にも厳しく注意もしない。福祉事務所らしきところで無料のパスを申請する場面があるが、そこで以前の勤め先で客に性的サービスを要求され断ったらクビになった、再就職する気はあるが、どこも雇ってくれなかった、と訴える。うん、その態度じゃ無理なんじゃない?結局申請は却下される。
こんなめちゃくちゃな母親だけど、ヘイリーはどんな時でも娘に決して暴力を振るったりはしない。ちゃんと愛している。きちんとしつけをしていないのも一種の虐待といえるのだが、彼女自身たぶんそういう教育を受けていないので、どうやってしつけたらいいのかわからないのだと思う。
家もなく低収入の人々がやむなく長期滞在しているこのモーテルには、管理人ボビーがいる。ムーニーたちの毎日のイタズラに悩まされながらも、かくれんぼに付き合ってくれたり、不審者を追い払ったり、常に住民を気遣っている頼もしい存在だ。彼に見守られ、隣人たちも同じような境遇なのでお互い出来ることは助け合いながら暮らしていたムーニーたちだけど、うっかり引き起こした事件をきっかけに、楽しい日々に影がさしてくる。
そこからどんどん状況が悪くなる。友人アシュリーがヘイリーと絶交するのは、同じ母親としての気持ちがわかるだけに、仕方ないとはいえ辛い。そこからさらに状況が悪化して1番恐れていた家庭局がムーニーの保護に訪れる。ヘイリーは母親失格とみなされたのだ。
だけど保護するならヘイリーもしてほしい。ちゃんと就労支援してやってよ。引き離すんじゃなくて、どうにか2人がちゃんと暮らしていけるように支援するのが、行政の役目でしょ?あんなに愛情たっぷりな母親なのに。
母親から離されると悟ったムーニーが逃げ出し、友人のジャンシーのところに駆けこみ泣きながら訴える。あのムーニーが、どんな時も明るく元気で決して涙を見せなかったムーニーが、泣いている。わたしの涙腺も決壊した。
ラストシーンはこれはおとぎ話。ちょっとあっけにとられたけど、ここで終わるのが素晴らしい。
映画「摩文仁 mabuni」
新田義貴/監督 2025年
8月22日 OttOにて鑑賞
沖縄本島南端、摩文仁。映画の最初のシーンはこの摩文仁の丘を空から撮っている。美しい海、切り立った崖。沖縄戦最後の激戦地と紹介され、そこに建つ慰霊塔が映る。
その慰霊塔の紹介に愕然とした。「黎明の塔」と名付けられたその塔は、沖縄戦司令官の牛島満中将と長勇参謀長を祀ってあるという。
衝撃だった。沖縄戦の犠牲者全てではなく、その司令官だけが祀られているなんて!
冒頭の衝撃からなかなか立ち直れないでいたが、その慰霊塔とは別に、沖縄戦の死者を弔う最初の慰霊塔「魂魄之塔」の紹介で、ようやくほっとした。終戦直後に米軍の許可を得て、住民が散乱していた遺骨を拾って納めた骨塚がやがて塔になったという。住民の手によって建てられたこれこそが本当の慰霊碑だろう。今も多くの遺族がここを訪れるという。そこで参拝用の花を売る大屋初子さんの姿がある。
驚いたのは慰霊碑はこれだけではなかったこと。沖縄戦の兵士のそれぞれの出身地、各都道府県の慰霊碑あったのだ。どの慰霊碑も整備された大きな敷地に、なんだかモダンな美術作品のような凝った慰霊碑が建っていた。そこに祀られているのは本土からの日本軍兵士だ。
沖縄戦で犠牲になった住民の慰霊碑は、住民たちがそれぞれ建てている。そして遺骨収集は今も続いている。ガマの中にはまだ遺族の元にかえれない多くの遺骨が残っている。
そして摩文仁を訪れる人々の間の断層を映画は描く。
肉親の死を悼みに訪れる沖縄の人々。日本軍の英霊の顕彰のため訪れる本土の人々。元沖縄県知事太田昌秀さんはその断層を憂い、全ての戦没者を慰霊する碑の建立に尽力する。
そして1995年「平和の礎(いしじ)」が建立された。民間人、軍人、国籍を問わず沖縄戦で亡くなった全ての犠牲者の名が刻まれている。だから朝鮮半島出身者の名前もアメリカ軍兵士の名前もある。これは素晴らしい。
整備された沖縄平和祈念公演。自然の残る「魂魄之塔」行けるならその両方に行きたいと思う。
映画には沖縄戦の2人の司令官の孫の姿もあった。牛島中将のお孫さんは、祖父の出した命令により兵士や沖縄住民に多くの犠牲者を出した事、それを冷静に批判して今もその真意を問い続けている。
もう1人海軍司令官の大田実中将のお孫さん。この大田司令官は海軍次官への電報に、沖縄県民の戦闘ぶりを述べ「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ」と発信している。彼には県民に対する配慮があったのだ。当時の日本軍にもこういう人がいたのかと思うと、少し救われる。
このお孫さんの言葉「弱いところに負担を押し付けて、日本社会が社会構造として成り立っている」が重く響いた。
沖縄戦は本土決戦を少しでも遅らせることだけが至上命令であり、沖縄はその捨て石にされた。対馬丸もひめゆりもその犠牲者だ。その構造は戦後もなお変わる事なく、負担を沖縄に負わせ続けてきた。そのことを今まであまり深く考えないでいた自分を恥じる。
そして映画は終盤にとてつもない光景を見せる。「黎明の塔」を訪れた集団が、オカリナの演奏に合わせて「海ゆかば」を歌い、海に向かって感極まった様子で英霊を顕彰していた。正直ゾッとしてしまった。
「魂魄之塔」で花売りを続ける大屋初子さん。彼女は集団自決間際に「生きたい」と望み、家族ともども生き残った。戦後ずっと参拝用の花を売り続け、今はお孫さんも手伝っている。
彼女の明るくあたたかい笑顔に、参拝する遺族もどれだけ癒されるだろうか。その笑顔が曇ることのないように、二度と戦争が起きませんように。世界から戦争をなくすために、わたしたち1人1人が何ができるかを、常に考え続けていきたい。
『ヤギと少年、洞窟の中へ』
池澤夏樹/文 黒田征太郎/絵 スイッチ・パブリッシング 2023年
帯に「沖縄戦で亡くなったひめゆりの生徒211名に捧ぐ」とある。
ヤギに導かれガマ(洞窟)に入った少年の前に、女生徒が現れる。自身も含めて3年前の沖縄戦でここで亡くなった人々の遺骨を運び出し、供養してほしいと頼む。
真っ暗なガマで彼女が語る沖縄戦。黒い画面に白い文字。ぼんやり浮かぶ人々の姿。絵の迫力と語られる非情な状況に息苦しくなる。3年前という言葉に、戦後3年でもまだガマの中には家に帰れず打ち捨てられた多くの遺骨があったのか。
(遺骨については今でもまだ収集が続いている)
絵本の後半は沖縄戦の詳しい解説。そしてひめゆり学徒隊で亡くなった少女たちの名簿が、それぞれの亡くなった日と場所とともに記されている。1人1人の名前に花の絵を添えて。
亡くなった日付順で記載されている、その1番最初の日付と場所に驚いた。
「昭和19年(1944年)8月22日 鹿児島県悪石島付近」
この日付と場所。これは対馬丸ではないか。ここに3人の名前がある。『対馬丸』(大城立裕 理論社)の巻末付録を見たが、それは学童名簿だったので、彼女たちの名前はなかった。彼女たちは学童の家族だったか、一般疎開者だったのか。
さらにその年の10月と12月の日付けもあり、これはたぶんアメリカ軍の空襲などの犠牲者なのだろう。
また死亡日、場所とも不明の少女たちも何人かいる。「〇〇付近で消息不明」という文字には胸がつぶれそうだ。その時まで誰かと一緒にいたのだろう。そのあと見た人がいないということか。
米軍の地上部隊が迫る中6月18日に、突然に軍から解散命令が出たという。軍はもう関与しないから、ガマの外へ出てそれぞれの判断で生き延びろ、と。散々傷病兵の世話をさせておいて、最後は放り出すのか。軍に見捨てられ死んでいった彼女たちを思うとやりきれない。
わたしはひめゆりの少女たちは沖縄地上戦の最中に亡くなったのだと思っていたが、それだけではないのだと巻末の日付を見て初めて知った。
対馬丸のことはそれ単独ではなく、沖縄戦全体の事として捉えなくてはならないのだ。
那覇市にある対馬丸記念館の公式サイト
↓
https://www.tsushimamaru.or.jp/
実際に行けなくても、リーフレットなどWebで読むことができる。これはとてもありがたい。特に「リーフレット」と「学童疎開船対馬丸 引率訓導たちの記録」が読めるのは良かった。
そのリーフレットの中で「対馬丸事件」に関する基礎データがあるが、「対馬丸」に関する確かなデータは1つもないという。当時は細部にわたる被害実態調査がされなかったから。
生存者数も原則は「不明」という。当日に急きょ乗船を取りやめたりその逆もあり、いつの段階の乗船者数か分からない。1961年の『悪石島』の中の数字も、著者によると「聞き取り調査をした当時生存者がそれくらいだということ、正確な数字ではない」とのこと。
それでもこれまで発掘されたと資料から読み取られた数字を、おおよその目安として使うことはかまわない、と記されている。
この記念館は公益財団法人として運営されている。その趣旨は、対馬丸事件の歴史とその教訓を風化させることなく伝えつつ、恒久平和の実現に向けて平和の発信に努めるとのこと。応援していきたい。
『対馬丸』
大城立裕/著 長新太/装・さし絵 理論社名作の森 2005年
「あとがき」より
この作品は元々1961年に文林書房より『悪石島』として刊行され、1975年におりじん書房から再刊された。
さらに1982年に理論社から『対馬丸』と改題、全面改稿され刊行。
それをさらに2005年に「名作の森シリーズ」として本書が出版された。
実はややこしいのだが、1982年には理論社から2種類刊行されている。
1982年6月に「大長編版」264P 21cm
1982年8月に「文芸書版」269P 20cm
「大長編版」「文芸書版」というのはこの本の奥付に載っていた。ページ数と大きさは国立国会図書館で調べた。その説明で「「文芸書版」には「あとがき」『対馬丸遭難学童名簿」と記述がある。
本書「名作の森版」でも「あとがきと名簿」があるので、現物を確認していないので推察だけど、「文芸書版」を再刊したのかなと思う。
本の表紙では著者は大城立裕だけ載っているが、奥付には嘉陽安男、船越義彰の名前もあり、本文の前に「三名が分担執筆したものを、最終的に大城が補筆、整理したものである」という文章がある。
そしてこの作品を底本にして加筆修正された講談社文庫が、2015年3月に出版されている。残念ながら紙の本は現在入手できず、電子版なら購入可能。
この作品が入手し難い状態なっているのは大変残念だ。広くみんなに読んでほしい。ぜひ紙の本の再販してほしい。
『対馬丸』
大城立裕/著 長新太/装・さし絵 理論社名作の森 2005年
1944年8月22日に沖縄からの学童疎開船「対馬丸」が潜水艦の攻撃を受け沈没、多くの犠牲者を出した「対馬丸事件」。この悲劇の全貌を描いたノンフィクション。
あとがきにあるように、親や教師や子どもそれぞれの立場、境遇、心情を、疎開の決定から遭難後まで丁寧に描き、それだけでなく当時の国の姿勢をしっかり描くことで、事件の歴史的構造的な意味を明らかにしようとしている。たんなる漂流記、冒険譚で終わらせてはならない、という著者の思いが伝わってくる。
読んでからしばらく経っても、自分のなかでまだまとめきれなくてポツポツとしか書けない。
なぜ学童疎開が計画されたか。その前に沖縄を本土を守る前線基地にしていた事実がある。その為多くの兵隊が沖縄に集結し、人口30万人の沖縄が40万にまで増えた。当然食料は足りなくなる。その為働き手や戦力以外の子どもたちを本土へ疎開させる必要が出てきた。つまり兵隊に追い出される形だった。
もちろん戦場になったら危ないからという理由もあったし、教師たちは満足に授業のできないここにいるより、本土でちゃんと教育を受けさせたいという気持ちもあった。疎開の対象にならなかった女学生たちが、自分たちも本土に行けたら授業を受けられるのに、と羨ましがる様子も書かれていた。
教師のなかには自分の理想とする教育を思い存分やってみたいと意気込む者もいた。
そしてゾッとしたのは、子どもたちの安全と同時に、お国の為に将来戦力になる子どもを育てる目的もあったということ。
ーここで全員玉砕しても、疎開していれば子孫を残せる。優秀な教師と学童を疎開させるのは将来にそなえる意義がある。その為他の一般婦女子より優先すべきー
子どもたちは無邪気に遠足気分。親たちはもっと複雑。船が沈められる危険を感じる親もいたが、乗るのは軍艦だと聞いて安心したり。渋る親たちを説得に回る教師も。
驚いたのは混乱の中、対馬丸より早く8月14日に本当に軍艦で疎開した第一陣がいたことだった。この船は無事九州に着いていた。
対馬丸は軍艦でなく貨物船で、しかもかなり老朽化していて、いざ乗船のとき軍艦でないことを知り乗らなかった人もいたという。
疎開船は「対馬丸」だけでなく、あと二隻「和浦丸」「暁空丸」があり、対馬丸が1番老朽がひどくその為船団からは常に遅れがちだったという。その為標的になりやすかったらしい。
護衛艦は2隻いたが、「対馬丸」沈没の時なぜ救助しなかったのかと思ったが、他の船の護衛があった為なのか。
対馬丸には学童だけでなく一般の人もいた。そして中には兵隊たちと一緒に娼婦の姿もあったという。この部分を読んだ時は驚いた。兵士の為の娼婦はどこでもいるのか。従軍慰安婦という言葉と、映画「黒川の女たち」を思い出した。
漂流の話も辛いが、救助の後の箝口令の為、誰にも話せなかった子どもたちの心情を思うと、あまりにも酷い。目の前で友人や家族の死を見たのに、それを口に出来ない。しかも自分は助かったのに。
箝口令があっても噂は広がり、犠牲者の家族が疎開を勧めた校長を責める場面も辛かった。
校長だって積極的な人ばかりではなく、国の方針だと言われやむなく従った人もいたのに。
そして遭難から50日目、10月10日に米軍の空襲があり、その後疎開船は次々と運行され、1945年3月20日沖縄戦がはじまる直前まで続いたという。
本文はここで終わり付録が続く。
「事件の概要ととむらいの記録」
「県通達文書」
関連地域地図
「対馬丸遭難学童名簿」
「あとがき」
わたしがこの事件の事を知ったのは、広島長崎の原爆や東京大空襲や満州引き揚げなどに比べて、かなり後になってからだった。沖縄戦のこともそうだった。
そこから沖縄の置かれた立場がはっきり分かる。それだけ報道が少ないのだ。触れる機会が少ないので知らないでいられた。だからといって言い訳にはならない。知らないでいたことに恥じいるばかりだ。
戦時中は本土を守る前線基地にされ、唯一の地上戦の戦場になり、戦後は米軍の占領地になり、本土復帰後も米軍基地は残り、さまざまな負担を強いられている。
この本は「対馬丸事件」を通して今の問題を深く考えるきっかけをくれた。感謝している。
ようやく涼しく秋らしくなったので、久しぶりに夕方散歩に出た。5時すぎていたので帰る頃は日が落ちてもう暗かった。次からはもう少し早く出よう。こんな気候はあと何日あるかわからないもの。
今年は彼岸花が咲くのが遅いということで、いつもの公園では例年土手が彼岸花で真っ赤に染まってるのに、今年はまだ咲き始めという感じだった。それでも酔芙蓉の木の裏側では、いつも通り綺麗に咲き揃っていた。
国勢調査の用紙が届いた。
前回同様インターネットで回答した。
ログイン用QRコードを読み取ると、自動的にIDもアクセスキーも入力されてすぐログイン出来た。これは便利。入力もすいすい進んで回答送信して終了。さっさと済んで良かった。