『願わくば海の底で』額賀澪・著 東京創元社 2025年
ある高校の菅原晋也というひとりの生徒。彼について1話ごとに語られていく。語り手は上級生、同級生、教師とさまざま。彼はどんな人間だったのか、1話から3話で1年生から3年生の彼の姿が浮かび上がってくる。第4話では彼が進学するはずだった大学の空のロッカーを見せ、彼の不在を示す。
第5話であの震災の話になる。最後のページにこの第5話が『放課後探偵団2』(2020年)というアンソロジーに発表されていたことを知った。その前日譚として第1話から4話までと5話の後の最終話が書かれたという。ああ、それでか、と思った。1話から3話までは正直彼のことより語り手の方が印象に残ったのだ。この第5話を先に読んでいたら、彼についてもっと知りたいと思ったかもしれない。
5話の震災の描写は、あの日テレビで見た真っ黒い波が押し寄せてくる映像が思い起こされ辛かった。
その後の最終話で語り手たち、残された人々の姿が垣間見られる。あの海へ向かってそれぞれが祈る鎮魂の章。読んでいるとどうしても涙が出てきてしまう。わたしも祈ることしかできない。どうぞ安らかに。
日中暖かくなってはいても、朝晩は寒かったのでパジャマはまだ冬用だった。でも今日ようやく春秋用に替えた。さすがにもう寒くはならないだろう。いつも替えるタイミングが難しい。
最近は急に暑くなるので、そうすると熱中症のリスクが高くなる。何年か前から体温調節が上手くいかなくなってきて、気をつけないとすぐ熱中症っぽい症状が出るようになった。肌寒いと思って厚着してると、気づかないうちに体温が上がっていることがある。
冬からすぐ夏になるような、最近の季節の移り変わりは老体にこたえる。
ワスレナグサがたくさん咲いてきた。
『煙のように消えるねこ』リンダ・ニューベリー・作 田中薫子・訳 丹地陽子・絵 徳間書店 2025年
引越した家の隣の庭でおばあさんと猫を見かけた少年。でもその家にはおばあさんも猫ももういないという。夜中にあらわれるおばあさんと猫たち。不思議な光景だけど怖くない。謎解きというほどではないけれど、少年の優しい心がその光景を見せているのだと思う。おばあさんと猫のために少年が頑張ったことで、おばあさんも猫も本当に嬉しそう。心がほっこり暖かくなる優しい物語だった。絵もかわいい。
姉妹編で『おもちゃ屋のねこ』という作品もある。こちらも読んでみたい。
作者の作品では以前『緑の精にまた会う日』(徳間書店)を読んだ。これもとても優しい作品だった。
気になるのはこの『緑の精にまた会う日』のことが、徳間書店のHPでも、『煙のように消えるねこ』のあとがきや作者紹介でも触れられていないこと。もしかしたら絶版になったのかな?
先日昼食の後「ケーキが食べたくなった」と娘が言った。じゃ花見がてらの散歩の後、ケーキ屋さんで買ってこようと計画した。いざ出かける時に娘が「あのカフェに寄れるんじゃない?」と言い出した。あ、たしかにこの時間なら営業してる!と予定変更。
このカフェ3年前開店し、開店直後からちょくちょく利用しているお気に入りのカフェ。営業日と営業時間が曜日によって違うので、都合が合わないとなかなか行けない。ケーキがとてもおいしいのだが、コーヒーが好みの味ではないので、最近は紅茶を頼んでいる。
もう一つのお気に入りが、まるで昭和か?と思うようなレトロな喫茶店。カフェでなくあくまでも「喫茶店」という佇まい。ナポリタンもサンドイッチも定食もなんでもある。ここはコーヒーがおいしい。残念ながらケーキはおいしくないが、ピザトーストがおいしいので、小腹がすいてる時は頼んでいる。
ケーキのおいしいカフェかコーヒーのおいしい喫茶店か、迷うところだが、先日の目的はケーキなのでカフェに行った。この日は季節限定抹茶のシフォンケーキを頼んだ。これがもう感動的においしくて、ああ、生きててよかったと幸せな気持ちになった。
写真はカフェに行く途中のお宅で咲いていた椿。
庭をリフォームした時、花壇以外は人工芝と砂利にした。これで草取りからは解放されると思ったのだが、隣接する公園の草取りからは逃れられなかった。
本来なら公園部分は、自治会の年4回の住民全員の清掃作業に任せればいいはずだった。ところが公園とうちの庭の境界の柵が公園部分にはみ出しているため、この柵とうちの敷石の間の部分が手付かずのまま残ってしまう。仕方なくいつもここはうちがやらねばならない。これがけっこうな負担でかなり辛い。
冬の間はいいのだが、2月頃から少しずつ草が生え始め、放っておくとあっという間に蔓延るので、気がついたらちょくちょく抜いていた。暖かくなって勢いを増し、まだ自治会の清掃日まで1ヶ月もあるので、先週は柵のこちら側、今日は柵の向こう側の草取りをした。30分のつもりがやはり1時間はかかる。これから暑くなると熱中症が心配なので、15分くらいで切り上げなければならない。蚊をはじめアブやハチも出てくるので、時間帯も考えねばならない。こちらに手を取られて花壇の草取りまで手が回らないのも困る。何とかならないか、いっそ防草シートでも敷こうかと思うのだが、その作業もまた大変なのだ。いつも悩ましい問題だ。
昨年から散歩の途中でよく見かけるようになった花。シバザクラ?花の形はムシトリナデシコにも似てるし、あざやかな赤色からレッド・キャンピオンか?でも花の形が違うし、とずっと名前が謎だった。ようやく判明。
シレネ・カロリニアナ。
流通名はシレネ・ピンクパンサー。いや、ピンクにしては色が濃いので候補から外していたのだけど、濃いピンクと言われれば、はいたしかにそうですね。もっと薄いピンクや白い花もあるらしい。スパニッシュフラメンコという別名もあるらしい。情熱的ですなあ。
散歩の帰り道、群生している道端でしばらく眺めていたら、家人らしき男性が「よかったら、あげるよ。持ってって」とスコップを持ってきてくれた。せっかくのご好意なのでありがたく2株頂戴した。バッグに常備しているポリ袋が役に立った。
帰宅して早速花壇に植えた。うちの庭に根付いてくれるかなと心配だったけど、翌朝ちゃんと咲いているのを確認して嬉しかった。庭を眺める楽しみが増えた。
ソメイヨシノの満開はやはり豪華で見応えあるのだが、隣に一本だけ白い桜がある。花は少し大きめで葉っぱが一緒に出ている。薄紅の中の白い桜はすっきりと美しく、毎年楽しみにしている。大島桜かな。
池の周りにも咲いている。昨日はコサギとカルガモがいた。カワセミも時々見られる。初夏には睡蓮が咲く。以前は夏に蓮も咲いていたのだが、最近はなくなってしまった。
近所の公園の桜がようやく満開。休日にはこの芝生でお弁当を広げる家族が何組も居た。小高くなっていて、ここに座ると上から横から四方桜に囲まれて埋もれてしまいそう。
新作アニメの放送を機に『赤毛のアン』についてネット上が騒がしい。
わたしは子どもの頃読んだ時は、さほどおもしろいと思えず、学生時代の友人が「愛読書は『赤毛のアン』なの!」と言ったのを聞いて
驚いたぐらいだった。
それが子どもが読むようになった頃、再読したらとてもおもしろく感じた。たぶんマリラ目線で読むようになったからだと思う。だから『赤毛のアン』は児童書や少女小説ではなく、大人の読み物ではないかと思っていた。
今回の騒ぎであらためて全部読んでみようかと思って、新潮文庫版を購入した。
たぶん子どもの頃読んだのは、村岡花子訳だった。子どもたちと読んだのは偕成社文庫の茅野美ど里訳。でもシリーズ全部読むならやはり村岡花子訳にしようと思った。
ただ最終巻『アンの思い出の日々』は2009年にカナダで出版されたもので、村岡花子の孫の村岡美枝の翻訳。